最終章
└九
― 三ノ幕 ―
しんっと静まりかえる部屋。
仄かに照らす行燈の火が、ゆらりと揺れた。
『…な、何を……』
目を見開いたままの薬売りさんは、ゆっくりと起き上がろうとした。
『…っ…!』
しかしその顔は痛みに歪んで、苦しそうに息を吐く。
「薬売りさん!駄目です、胸の骨が折れて…」
慌てて止めようとするも、彼は手で私を制すると体勢を整えた。
そして私の顔をジッと見つめ、静かに話し出した。
『…どうして斬ってほしいなどと?』
「……私、全部思い出して、白夜達にも会って…痛感したんです」
自分の膝の上で、そっと両手を開く。
過去を思い出してから、私の目はどうにかしてしまったのだろうか。
それとも、これが本来の私なのか…
「私の手は…汚れてます…あの日から、ずっと」
きっと、手だけじゃない。
あの夜、父の形見に手を掛けて瞬間から、きっと私の存在は影のように黒くなってしまった。
汚れて、人を殺めて、幼い弟を孤児にさせた。
…きっと、赦されない。
「…みんな優しいから責めたりしない、だから尚更赦されてはいけない気がするんです」
薬売りさんはただ黙って私を見ている。
私は自分の手を見つめながら、それ以上の言葉を見つけられずにいた。
『…前に、モノノ怪を成すのは"形"と"理"、そして"真"であると話しましたね?』
「…はい」
『今回、結の家に降りかかった災いの正体は、結本人ではありません』
「え……」
薬売りさんは、真っ直ぐに私を見ながら続ける。
『…結が邦継に恨みを持っていたのも、邦継が結に邪な行いをしていたのも事実。"理"には十分すぎます』
「……………」
『"形"は、あの亡父の形見の刀…ただし刃は潰されています』
「え…っ」
『では…何があの状況まで引っ張っていったか…』
薬売りさんの言葉に、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
『……執着、ですよ』
「え……執着……?」
聞き返す私に、薬売りさんは小さく頷いた。
『…邦継は、あの家にそして結に執着した。そして白夜は結を守ろうという事に執着した。そして…もう一つは結、あなたです』
「わ、私…?」
急に自分の事を言われて、私は肩を震わせた。
執着…私は何に執着していたのだろう…
頭の中で自問自答してみるものの、はっきりとわからなくて視線が泳いでしまう。
その時、薬売りさんがぽつりと呟いた。
『"私が我慢していれば"』
「っ!」
『"お父さんの大事にしていた家族だから"』
「く、薬売りさ…」
『…ずっとそう思っていたでしょう?』
私の顔色が少し悪かったのかもしれない。
薬売りさんの手が私の頬に添えられた。
『…我慢、とは"自分に執着する"という語源があるそうです』
「自分に、執着…」
『自分が我慢すれば家族が幸せになると思ったのですか?父が喜んでくれると思ったのですか?』
「!!」
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