ひとりじょうず | ナノ




最終章
   └六




「………」



辺りを見回しながら、私は森を歩いた。

しかし白夜らしき姿を見つけることはできない。




(大きな声で呼んでみようか…)



そう思って足を止めたとき。




「……何の用?」



頭上から声がして、私は反射的に一番近くの大木を見上げた。


太く横に伸びた枝に、白い後ろ姿。

長い髪が風に揺れている。


ベニちゃんの姿が見えない事に、私はズキンッと胸が痛んだ。




「…白夜」



呼びかけてみても、彼は振り向く素振りを見せない。

自分がしたことを考えれば当たり前なのだが、正直ちょっとだけ淋しかった。




「そのまま聞いて?まずは…ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「……っ」

「…私をずっと助けてくれていたのに、我が儘であなたの所から逃げてしまった」




私の言葉に、白夜がハッと笑う。



「本当勝手だよね、人間ってさ。僕を鬼だと恐れる者もいれば、鬼神だと崇める者もいる」

「うん……」

「…大嫌いだよ、人間なんて。弱いくせに自分本位で傲慢で…肩入れするとこちらが馬鹿を見る」



白夜の肩が小さく震えていた。

私達の間を抜けていく風が冷たくて悲しい。




「…救いたいだなんて…」

「白夜…」



白夜の声が詰まって風に溶ける。

私は目元に滲んだ涙をぐっと拭うと、真っ直ぐ彼の背中を見つめた。




「…でも、私はやっぱり白夜に救われたって思うの」

「――っ!」

「終わらないと思ってた暗闇から抜け出せたのは、白夜がいてくれたからなの」



白夜は弾かれたように立ち上がると、私を振り返った。

紅く濡れた瞳が、痛々しいほどに揺れている。




「違う…っ僕が君を追い詰めて…!」



白夜の頬を幾筋もの涙が走る。

それを見て、私もつられたように涙を堪えきれなかった。


でもきっと私の顔は笑顔だったと思う。

ちゃんと伝えなきゃいけないって思ったから。



故郷で過ごした星のお池も


二人で眺めた蛍の灯も



あの切り取られた美しい空の模様も…




「ありがとう、白夜」




ありがとう、私を救ってくれて


ありがとう、見つけてくれて





「白夜が守ってくれたから…私は自分の世界から、一歩踏み出せる」




あなたは私の世界を守ると何度も言ってくれた。

その言葉に私は何度も救われた。


今ならわかる…それがあなたの与えてくれた幸せだって。




「…一緒に行けなくてごめん…でも、大丈夫だから」

「……結…?」




白夜はじっと私を見ていた。

私はそんな彼に目一杯の笑顔を向ける。




「私はもう大丈夫!どこへでも、広い世界に旅立っていけるよ!」




ザァッと音を立てて、森を風が駆け抜けていく。

白夜は美しい白銀の髪を靡かせながら、無言のままでいた。


私は懐を探って、二つのお守りを取り出した。

扇屋に戻ってから、端布で作ったお守りだ。


それを二つ、一番近い細い枝に緩くくくり付ける。




「白夜とベニちゃんがこれから歩む世界が…彩りあるものでありますように」



父が亡くなる前に遺してくれた言葉。



"君の未来が彩りある美しいものでありますように"



私はもう一度白夜を見上げて微笑み、そのまま踵を返した。




「――結!」



白夜の声が聞こえたけれど…




(…大丈夫、私は…一人で歩いて行ける…)




私は振り返らないまま、白夜と別れた。

しばらく歩いて、最初に降り立った近くに着く。




「…やたさん、やたさん」



誰もいない周囲に声を掛けると、木の陰でふっと人影が動く。

ゆっくりと顔を見せたのは、いつものやたさんだった。




「……もう、ええんか?」

「………」



やたさんが少し心配そうに、私に問いかける。

私は着物の袂で涙の跡を拭うと、

「…はい!」

やたさんに笑って頷いた。




「ん、じゃあ戻ろか」



いつものようにふにゃんっと笑うと、やたさんは私の頭を撫でる。

そしてまた大きな八咫烏になると、私をのせて力強く羽ばたいた。



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