ひとりじょうず | ナノ




第九章
   └八



― 三ノ幕 ―

白夜が出て行った洞穴で、私はベニちゃんと二人きりだった。

私の脳裏には、出て行く前の彼の表情がこびり付いて離れない。




(…何か、様子がおかしかった…?)



さっきから言いようの無い胸騒ぎが収まらなくて…

着物の袷をギュッと握った。





「…ベニちゃん」



ずっと白夜の行った先を見ていたベニちゃんが、ビクッとして私の方を振り返る。

いつも大らかなベニちゃんの表情までもが少しだけ硬く感じて、私の不安は一層強くなった。




「白夜はどこに行ったの…?」

「……っべ、べつに…!ちょっとようじができたんだよ」

「…本当?」

「………うん」




…何か、隠しているんだろうな。

すぐにそう気が付いたけど、一生懸命に誤魔化そうとしているベニちゃんを見ていると、それ以上問いただすことが出来なかった。




「すぐにかえってくる!」

「ん、そうだね」



―カランッ




背後で何かの音がして、私達は同時に洞穴の奥を見る。

奥に積まれた荷物や保存食の脇に、棒のようなものが転がっていた。





「…これ、何?」

「あ…!結、だめ…っ」



近寄る私を止めるようにベニちゃんが声を上げる…が。




「え?」



すでに私はそれを手に取った後だった。





「……これ、刀…?」




手にしたそれは、薄汚れた刀。

何か文字の書かれた布で、抜刀できないようにギュウッと固められている。




「…え、これは…」



どくんっ!




手の中の刀が急に重みを増したような気がした。

同時に私の心臓が不穏に跳ねる。




どくんっ


どくんっ





「この刀…私が……私があの日…っ」



氷が全身を貫いたようにガタガタと震えだす。




―間違いない。

これはあの日、私が手にした父の刀だ。





「……結!」



ベニちゃんは少し強い口調で私の名前を呼んだ。

そして手の上の刀をパクッと咥えると、また端の方に仕舞う。




「…………っ」

「結、だいじょぶ?」

「……う…ん…」



無意識のうちに呼吸が荒くなってしまう私を、ベニちゃんはそっと舐めた。




「…だいじょぶ、ビャクがもうこわくならないようにしてくれてある」

「あ…あの布のこと…?」

「うん、だからだいじょぶ」




あの布に書かれたものは呪文のようなものなのだろうか?

私はぼんやり薬売りさんのお札を思い出した。




「ね、結。なにかはなし、してくれよ」

「え…話?」

「うん!あのあおいきもののやつのこととか、やたがらすのこととか」




洞穴の中の空気を変えようと、ベニちゃんが私に話しかける。

そんな彼の姿が健気に思えて、私は強張っていた表情を無理矢理に崩した。




「えっとね…八咫烏の弥勒くんは…」




私は弥勒くんについて話し出す。


ちょっと喧嘩っ早いけど、真っ直ぐで温かい心を持ってる弥勒くん。

最近は、髪も短く切ってちょっとだけ大人っぽくなった。



そして、同じく八咫烏のやたさんは弥勒くんに力を貸してくれた神様のお使いで。

のんびりしてそうで、実は勘が鋭い。


でもふにゃんっと笑う目元は、すっごく優しい。



絹江さんと庄造さんには、本当にお世話になってる。

あんな風に、私のことを大事に思ってくれるのは、ちょっとだけくすぐったくて…



でも、すごくすごく嬉しい。


それにもうすぐ新しい家族に会える。





「庄造さんったらね、絹江さんに"動くなー!"なんて言うのよ?宿屋の女将さんなのにそんなの難しいよねぇ」




色んなことを話しながら、自分の表情が緩んでいくのがわかった。


それ以上に、こんなにも胸が温かくて…

私の体中から、みんなに対しての感情があふれ出して、何だかすごく幸せだと思えた。



そんな私をベニちゃんも嬉しそうに見ていた。




「…それで…薬売りさん…薬売りさんは…」




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