ひとりじょうず | ナノ




第九章
   └七



茜色に染まった森の木々を渡るように、白夜はある場所に向かっていた。

白銀の髪を靡かせながら疾風の如く駆け抜けていく。


やがて森の中頃まで来ると、白夜はにやりと口角を上げる。




「…いた」


橙と深緑の中に、青い点。

白夜はそれを見つけると、ゆっくりと近づいていく。





『…………』



気配に気付いた薬売りが、サッと身構えた。

ザザッという音と共に、目の前に白い鬼が現われる。


彼は腰にさした長刀に手を掛けると、軽やかに抜刀した。




「…随分遅かったね」

『……結は』

「こんな所につれてくる訳無いでしょう?」



りんっ



お互いに間合いを詰めながら、薬売りが退魔の剣をかざした。

白夜は感心したように頷くと、にっこりと笑う。




「へぇ!それでモノノ怪を斬るの?…なんだか嫌な仕掛けがありそうだな」

『…お前を斬るためのものじゃない』

「ふーん、どうでもいいけどね」



生意気な白夜の態度に、薬売りは面倒そうに眉間に皺を寄せた。




『結は無事か』

「……あなたに答える必要は無いね」

『……ちっ』

「ところであなたは何しに来たの?まさか結を取り返しにとか?」



白夜が言うと、薬売りはフッと鼻で笑った。




『それ以外に何がある?お前のような小童に用事など無い』

「学習能力無いの?あなたにだけは結は任せられないって言ったよね?」

『ふん、お前が決めることか?いくらなんでも結の心の内まで操れないだろう?』



薬売りの言葉に今度は白夜の眉間に皺が寄る。

苛立ちを隠せない赤い瞳が、炎のように揺らいだ。




「…あなたに何がわかる…」

『………』

「結の絶望の何がわかるんだ!親を失っただけじゃない、身を穢されただけじゃない…!!」



薬売りは白夜の言葉を図りかね、目をキュッと細める。



「…あなたにわかるか?たった一人の身内に…母親に裏切られた結の気持ちが…」

『……っ!母親は…知っていたのか…?』

「まるで人身御供だ。母親の勝手な己可愛さの…」



白夜は薬売りを睨みつけながら、刀をかまえた。

それと同時に薬売りも身を低くして退魔の剣をかまえる。




「…そして僕が…絶望に突き落とした…」

『え…』



キンっ!!




最後に呟かれた白夜の言葉を聞き返す間もなく、飛び上がった白夜の刀が振り下ろされた。

退魔の剣が鋭い金属音を上げて、それを防ぐ。


白夜は速度を上げて何度も薬売りに刀を振る。

だが、薬売りは太刀筋を全て読み取っているかのように退魔の剣で弾いた。




―森の中に、何度も金属音が響く。

二人はまるでそのやり取りを楽しんでいるかのように、攻めては防ぎ、防いでは攻めた。



森の中を縫うように走る、青と白。

それを赤く燃える夕陽が染めていく。




「…しつこいな!!!」



ガキンッ


『…こっちの台詞だ』



若干息の切れた二人が、ギリギリと音を立てながら押し合った。




「僕を斬らないのかい?」



白夜は不敵な笑みを浮かべて、ちらりと目の前の退魔の剣を見た。




『…この剣はモノノ怪しか斬らん…お前のためのものじゃない。さっき言ったろう…学習能力がないのはお前のほうじゃないのか?』



冷たい視線を投げかけて、薬売りの口角がニッと上がる。

それを見た白夜はムッとして、後ろに飛び退いた。



微妙な間合いを保ちながら、二人が睨みあう。





『…結があの男を斬ったとき』

「…!」



不意に薬売りが話し始めて、白夜はぴくりと眉を動かした。




『何かが影響しているはずだ』

「…影響…?」

『…モノノ怪の"形"と、"理"……"形"は恐らく、あの刀そのもの。"理"は結の絶望……しかし』

「…………」

『"真"の何かが足りない』



薬売りは、疑いの眼差しを向ける白夜に続ける。




『…モノノ怪は"形"と"理"、そして"真"から成る。その三つが揃わねば、この剣は抜けん…つまり、祓い清めることは出来ない』

「……"真"…」




一瞬、白夜の瞳が揺れた。

そして薬売りはその油断を逃さない。


タッと小さな音を立てて、一気に白夜との間合いを詰める。




「――っ!!」



やや遅れて白夜が刀をかまえる。

…が、薬売りは白夜を攻める様子は無く。


ただジッと、彼の瞳を覗き込む。

藤色の瞳は、凛と力を緩めないまま白夜を捕らえた。


そして薬売りはニヤリと笑う。



『…"真"の片鱗は、お前の中に、ある』

三ノ幕に続く

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