第九章
└九
でも、彼の名前を出した瞬間に、私の胸はチクンと痛む。
「結?」
「あ…えっと…薬売りさんと出会った時のことは、ベニちゃんも知ってるよね?」
「うん」
"結が心配だったわけじゃない、結の狂気に惹かれたんだ"
一瞬、白夜の言葉と薬売りさんの表情が脳裏を掠めた。
(…いつまでも考えない…っ!)
私は、胸を刺す棘を払うかのように、ぶんぶんと頭を振った。
「薬売りさんはね、その名の通りお薬を売ってる人なんだよ」
ひとつ息を吸って気持ちを落ち着かせる。
再び話し始めた私に、ベニちゃんはまた耳を傾けてくれた。
「薬売りさんは、冷たそうに見えるけど実は…うーん、やっぱりちょっと意地悪なんだけど…」
「結いじめられてたのか!?」
「ううん…!……う、うーーん??」
「どっちだよー」
ベニちゃんは大きな耳をパタパタさせながら、ぺたんっと顎を地面についた。
まるで犬がする"伏せ"のような姿に、私はくすくすと笑いながら続ける。
「でもね、本当は優しい人なんだよ。厳しくて、ちょっと過保護で…嫌いな人には容赦ないんだけどさ」
「うん」
「…とてもモノノ怪を斬るような人には見えないんだけどなぁ」
「えっ!?」
急に体勢を戻したベニちゃん。
私は驚いて彼の顔をジッと見た。
「ベ、ベニちゃんどうし…」
「あいつ、もののけたいじするのか?」
「うん、モノノ怪を斬る…ううん、あるべき場所に還すって言ってた」
ベニちゃんは不安そうな顔で私を見ている。
急に不穏になった空気に、私は上手く言葉を出せずに居た。
「あいつ…結のこときったりしないよな…?」
「……え……っ」
どくんっ
…何で今までその可能性を考えなかったんだろう。
あの時の私を見ているなら、そうなって居てもなんら不思議は無いのだ。
あの時の私は、間違いなく魔物そのものだったのだから。
どくんっ
無言のまま固まっている私を見て、ベニちゃんはハッとして鼻先を寄せる。
「そ、そんなことないよな!だって、それだったらすぐに結をきってるはずだろ?」
「…………」
「それに…そんなことビャクがゆるさないもん!」
ベニちゃんは、すりすりと私に頬ずりしながら、私に…
そして自分に言い聞かせるように言った。
「ビャクは結のみかただよ、もちろんおれも!だからいまだってあいつをやっつけに………」
「………っ!」
ベニちゃんは、ハッとして口を噤んだ。
そしてバツの悪そうな顔で、そっぽを向く。
「ベニちゃん…今、あいつをやっつけに、って言った?」
「………いってない」
「嘘!言ったよ!あいつって、薬売りさんのことなんでしょ!?」
「…………」
私の追及から逃れようと、ベニちゃんは耳を後ろに倒した。
「薬売りさんがここに来ているの?白夜は…薬売りさんに何をしに行ったの!?ねぇベニちゃん!!」
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