第八章
└六
そして次の日。
いつもより少し上等な着物を纏った彼女達の元に、邦継が訪れた。
「まぁまぁ…長旅で疲れたでしょう?」
「いえいえ、どうぞお気遣い無く」
柔和な笑みを浮かべながら、彼は祖母に向かって手を振る。
そして大きく息を吸うと、気持ち良さそうに伸びをした。
「んー、この辺は本当に空気がいいですねぇ!これからの生活が楽しみだ」
そう言って笑うと、改めて皆のほうに向き直った。
「…これから、家族として、夫として」
ゆっくりと言葉を繋ぎながら、祖母と母を見る。
そして結を見つめた。
「そして…父として。どうぞよろしくお願いします」
「…っ!」
深々とお辞儀をする邦継につられるように、三人も頭を下げた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ふっ」
不意に訪れた沈黙を一番に破ったのは、邦継だった。
「こんな風にこめつき飛蝗のような事をしていても仕方ないな」
「まぁ…」
おどける様に肩を竦めながら、邦継は祖母の背を押す。
「温かいお茶でも入れてもらおうかな、ねぇ?母上」
「…えぇ、えぇ…!」
"母上"
そう呼ばれた祖母は、目尻を着物の袂で拭きながら嬉しそうに頷いて邦継を家へと招き入れた。
「多恵さ…っとと……多恵」
「は、はい!」
「結も、さぁゆっくりと話でもしようじゃないか」
邦継の人懐こい笑顔に、母も頬を染める。
微笑む横顔が、とても幸せそうで…
(…何だか…)
結は彼に着いていくのを、一瞬躊躇ってしまった。
少しだけ淋しくて…でも何かが不安で。
(ど、どうしよう、私……)
邦継の視線が、何故か無性に苦手だと思った。
理由を聞かれても、それをはっきりと答える事は出来ないけれど…
(でもそんな事、お母さんには言えない…)
「…結?ほら、おいで?」
「あ…っう、うん」
母の声にハッと我に返る。
結は自分の考えを振り払うように頭を振ると、小走りに家に入っていった。
――それからすぐに邦継と母は夫婦になった。
本来は、嫁入りするに当たり武家には特有の仕来りがあったが、ずっとこの家で服喪していた事と再婚と言うこともあり、簡易的に祝いの席が持たれただけだった。
幸せそうな二人の姿に、結は自分のもやもやを誤魔化し誤魔化し…
今の状況に早く慣れるように、ただそれだけを念頭に日々を過ごしていた。
そして、更に年月が過ぎ、ようやくこの家に待望の嫡男が生まれる事となる。
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