第八章
└五
― 二ノ幕 ―
――やがて月日は過ぎ、父の面影を引き摺ったまま少女は日々を過ごしていた。
母も服忌を終えて尚、亡くなった夫に涙する日もまだ多い。
しかし、時間は一緒には悲しんではくれず…
一層、老け込んだように見える祖母は、心に決めた願いを捨てられないままでいた。
「結のお母さん、再婚するんだってな」
「…何かそんな事、噂されてたわね」
父が亡くなってから、すっかり意気消沈した結を、幼馴染の秀太郎とよし乃は心配していた。
二人の前に姿を見せるものの、昔のような快活さはすっかり消えてしまった。
武家の娘なのに、一緒になって泥んこになって走り回っていた彼女を、二人は大好きだったから。
「…でも、もう惣介おじさんが亡くなって三年以上たつもんね」
「あぁ…跡取りって考えたら、多恵おばさんだって…」
二人は顔を見合わせてこっそりと溜息を吐いた。
「…結」
多恵は亡き夫の書斎で、黙々と書物を読む娘に声を掛けた。
「あ…お母さん…どうしたの?」
「うん…あのね、明日から…邦継(くにつぐ)さんがこちらにいらっしゃるって」
結は母の口から告げられた名前に、小さく笑ってみせる。
「そう…お母さん、良かったね」
「…結…」
だって、知っていたから。
自分の家が"跡取り"が必要な家だと言うことも、それによって母が祖母と上手くいかなくなっていた事も…
父が亡くなった頃は、良くわかっていなかった。
でも、今なら母の涙の意味も、祖母の気持ちも…
わかる年齢になってしまったのだ。
「お母さん、嬉しそう!」
「え…もう、からかって…!」
多恵はカァッと頬を染めると、目を丸くした。
娘である結から見ても、母は今でも十分に綺麗だ。
きっと祖母の事が無くても、母との再婚を望む人は多いだろう。
(お父さんを…忘れたわけじゃ…無いもんね…)
祖母から遠縁に当たる邦継を紹介されたとき、母は戸惑いながらも少しはにかんだ様に頬を赤くしていたのを良く覚えている。
彼は人当たりの良い、柔らかい笑顔を浮かべて、母を見つめていた。
「…お母さん、幸せになってね」
「結…」
多恵は少し涙を滲ませると、笑顔で「ありがとう」と呟いた。
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