第八章
└四
父が亡くなって間もなく…
少女は幾度と無く、同じ場面を目撃するようになる。
「あの子が亡くなってすぐに、こんな事を言いたくは無いんだけどね、多恵さん…」
「はい…」
すっかり気落ちした祖母は、嫁である母に向かって愚痴とも嘆きとも取れない話をしていた。
「…この家には跡取りが出来なかった…惣介も一人息子だったし、唯一の孫も女…」
「…………」
「もう…この家もお終いかしらね…」
はぁっと溜息を吐いて、祖母が項垂れる。
そして母は、そんな時決まって酷く悲しい顔をするのだ。
(…お母さん…?)
物陰から二人の様子を伺っていた少女。
最初こそ何の話かわからなかったが、何度か繰り返し目撃している内に理解してきていた。
それに、近所の人たちも言っていたから。
「惣介さんが亡くなって、これで跡取りがいなくなってしまったわねぇ」
「子供は結ちゃん一人だものね…せめて男の子が居たら…」
(…男の子…)
嘆く祖母、悲しそうな母。
(…結が…女の子だから…)
「…もう、諦めるしかないのかしらね…」
「お義母さん…」
「せめて結が…結が男の子だったら…」
「そう…ですね…」
(―――!!)
少女はそっとその場を離れ、裏口から家を飛び出した。
(…なんで…!なんで!?)
転びそうになりながら、裏庭を横切っていく。
父と一緒に鞠つきをした庭。
小さな池があって、山吹色の鯉をはしゃぎながら探した。
一緒に星を眺めて、色んな話を聞かせてくれた。
「おぉ!結、昨日より十回も多くつけるようになったなぁ!」
「ほら、あの石の影…あぁ!急に立ち上がったらびっくりして逃げちゃうじゃないかー」
「いいかい?星を見れば季節や方角がわかるって言われているんだ。…そう言えば異国にはあのお星様にまつわる神様のお話もあるらしいよ。いつか神様に会ってみたいもんだね…結は会えそうな気がするよ」
「だって結は特別だから。何でって…結は僕の宝物だからだよ」
少女の頬に、止め処なく涙が流れていく。
狭いようで広い裏庭を抜けて、やっと道に抜けた。
「わ…!結!?」
飛び出した先に居たのは、幼馴染のすぐ裏に住む二人だった。
「どうしたんだよ、何かあったのか?」
「何泣いてるのよ?叱られたの?」
涙でぐしゃぐしゃの少女に、幼馴染は心配そうに声を掛ける。
すると少女は堰を切ったように声を上げた。
「しゅ、秀ちゃん…!何で!?何でなの!?結わからないよ!!」
「お、おい落ち着けって…」
「何で結じゃ駄目なの!?どうして女の子じゃ"跡取り"って言うのになれないの!?結がお父さんに剣術を習わなかったから!?」
しゃくりあげて訴える少女を見て、二人は気まずそうに顔を見合わせた。
少女より若干年上の彼等には、結の疑問も答えも、わかっていたから…
「これから結お勉強するから!お父さんがご本のお部屋、結に使っていいって言ったもん!そしたら結も"跡取り"ってのになれる?お母さんは悲しい顔をしなくなる?おばあちゃんは悩まなくなる?」
「結……」
「ねぇ、教えて…秀ちゃん、よし乃ちゃん…結わかんないよ…」
泣きじゃくる少女に、何もしてやることは出来ない。
二人はただその小さな背中を撫でてやることが精一杯だった。
二ノ幕に続く
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