ひとりじょうず | ナノ




第一章
   └一



― 第一章・小話 ―

「薬売りさん、寝ちゃいましたか…?」




珠子さんと小太郎さんの一件の後、やっと扇屋に着いた私達はすでに布団に入っていた。

とは言っても、もちろん二人一緒ではなく、二組の布団の間には衝立もきちんとある。



長らく泊まる事になるだろうこの宿屋。

一人一部屋など贅沢は言ってられない。




『…もう寝ました』



衝立の向こうから薬売りさんの声が返ってきた。




「お、起きてるじゃないですか…」



私は小さく溜め息を吐くと、ぼんやりと天井を眺めた。





「今日…一気にいろんな事がありましたね」

『…私にはいつもの事ですよ』

「はぁ…まぁ、薬売りさんは慣れっこかも知れないですけど…」





私はモノノ怪を自分の目で見たのも、ましてや狙われたなんて初めてだ。





「…薬売りさんはいつもあんな風にモノノ怪と対峙しているんですねぇ…」





ぽつりと呟くと、薬売りさんの布団がこすれる音がする。




『…やっぱり嫌になりましたか?』





抑揚のない薬売りさんの声。

間の衝立のせいもあって、余計にその感情は読み取れない。





(まぁ…顔を見たところで無表情だからわからないんだけど…)



「いえ、私も強くならなきゃなって思いました」

『…………………』






薬売りさんの足手まといにならないように。


これから先、薬売りさんと一緒にいるならばせめて邪魔にはなりたくない。





「私の、目標です」




私がヘヘッと笑うと、薬売りさんの方からフッと息が零れる音が聞こえた。





『…それは見物ですね』

「薬売りさん…無理だと思っているでしょ」

『さぁ…』

「もう…」





穏やかな空気の中、だんだんと意識がまどろんでいく。




(やっぱり…疲れてるのかな、私…)



「私…記憶、戻るでしょうか…」





眠りに落ちそうになりながら、ふと疑問が浮かんでくる。







どうして私は記憶を失っているのか…



前にどんな事があったのか…




薬売りさんと出会う前の私は、何をしていたのか…





思い出せないという事は、なかなか怖いものなんだな…







彼の傍にいれば間違いない…恐れ憂うな






珠子さんの言葉が浮かんでは消える。





(きっと薬売りさんと一緒なら…)



『…結が望めば戻るだろうし、望まなければ戻らないでしょうね』






薬売りさんの声が遠く聞こえる。





「そん、な……もの、です…か…ね…」





もっと薬売りさんに聞きたい事がたくさんあるのに、頭が鈍く痛むし私の瞼は重くて重くて…







「………………」

『……結?』

「………………」

『…………ゆっくり休みなさい』







きっと薬売りさんと一緒なら、どんな事でも怖くない様な気がしているんです。




そう伝えたかったけど、頬に微かに冷たい感触を感じながら私は眠りの世界に落ちていった。


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