第七章
└十二
結は薄暗い道で消えかかる背中を必死に追っていた。
しかし何度呼びかけても、その背中は立ち止まる事無く進んでいく。
「よし乃ちゃん!待って!」
「…………」
よし乃はこの辺に地理には明るくない。
恐らく出鱈目に歩いているのだろう。
ぽつぽつとあった店の灯りは消えて行き、人通りも無い町の外れにまで来てしまっている。
「よし乃ちゃん!駄目だよ!迷子になっちゃう…!」
さすがにこんな辺鄙な場所だと、結だって良くわからない。
それでも結は立ち止まらないよし乃を追いかけた。
その時。
「冷た…っ!」
ぽつりと結の頬を雫が打った。
不安な気持ちで空を見上げれば、星などひとつも無い真っ暗な空。
月が出てないことを意識したせいか、辺りが余計に暗く感じる。
結は身震いすると、よし乃を強引に連れ戻そうと足を速めた。
「よし乃ちゃん!雨が降ってきたし帰ろう?」
いつの間にか森のように暗い道に入り込んでいたよし乃。
不安定な足元に苦戦しながら、結はやっとよし乃の腕を掴んだ。
「…帰ろう?秀ちゃんもきっと心配して…」
「…離してよ!!」
どんっ
「あ…っ!」
勢いよく突き飛ばされた結がそのまま尻餅をついた。
地面に落ちている小枝や枯葉が、結の声と一緒に闇に響く。
「痛……よ、よし乃ちゃん…」
「……いつもそうなのね」
「え……」
座り込んだままの結を見下ろすようによし乃が睨んだ。
「結は昔からいつもそう…いつもいい子でみんなに好かれて。少し困ったってすぐに誰か助けてくれる。そうやって着物が泥だらけになったって、誰かがすっ飛んで新しい着物を用意してくれるでしょう?」
よし乃の言葉の意味を図りかねて、聞き返したかった。
しかしよし乃の冷たい視線に、あまりの出来事に、結の喉は上手く言葉を吐き出せない。
「今だってそうじゃない。昼間の男の子に薬売りさん…みんなに甘やかされて暢気に暮らしているんでしょう?」
「…………」
「それに…秀太郎だって……!」
よし乃は溢れそうな涙を堪えるように唇を噛んだ。
「何でよ…あんなに恵まれてるのに…何で秀太郎まで!結より私のほうが一緒に居るのに…!」
「よ、よし乃、ちゃん…」
座り込む結と視線を合わせるように、よし乃がしゃがんだ。
降り出した雨は段々と強くなり、二人を容赦なく濡らして行く。
よし乃の頬を伝う雫が、雨なのかわからない。
結は不安と戸惑いとが入り混じった複雑な気持ちで彼女を見つめた。
「私…小さい頃からあなたが大嫌いだった」
「……!」
「家にも恵まれてて、優しい両親が居て、秀太郎もあなたに夢中で…でも本人は全くその幸せな状況に気付いてないの」
よし乃はフッと嫌味がかった笑いをこぼす。
そして雨に塗れて張り付いた長い髪をかき上げ、その視線を結に向けた。
「…私は許さないわ」
「…え……」
じっと結を見据える瞳に反応するように、あの頭痛と耳鳴りが結を包む。
よし乃は両手で結の頬を挟んだ。
痛みと耳鳴りに眩暈がしそうな中、まるで目を逸らすことを許さないと言いたげな仕草に、結は体を震わせた。
「あなたがこんな所で暢気に何も無かったように暮らしているなんて…私は許さない」
そしてよし乃の唇が冷たく言い放つ。
「結、あなたは…家族殺しの鬼なんだから」
四ノ幕に続く
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