第七章
└十一
一方、酒場の二人…
「…よし乃と結、大丈夫かなぁ」
『…気になりますか?』
「あぁ、あはは、それはまぁ…」
曖昧に笑う秀太郎を見て、薬売りもフッと笑みを返す。
『…それにしても…』
「はい?」
『彼女は…あまり結を好きではないように見えますが?』
「…!」
薬売りの言葉に、秀太郎はギクッと肩を揺らした。
そして参ったというように力なく笑う。
「いやぁ…ははは。そう、見えますよね」
『えぇ…まぁ…あなたは真逆な感じがしますけど』
「う…っ!」
秀太郎は今度はギクリと顔を強張らせる。
しかし薬売りは、にこりと涼しげな笑みを浮かべているばかり。
…が、逆にそれが怖い。
「あはは…参ったな…よくある話で…俺の初恋の相手なんですよ、結が」
『ほぉ』
薬売りの眉がぴくっと動いて、秀太郎の背中にまた謎の冷や汗が走った。
「い、いや、本当子供の頃の話ですよ!?」
『…そうは見えなかったですが…』
「あ、う…す、少なくとも結にとっては…子供の頃の話どころか、そんな風に俺が思ってたってのすら知らなかったと思います」
秀太郎は逃げるように酒の追加を頼むと、軽く咳払いをして話始めた。
「さっきも話しましたけど…結の家はお侍さんで、そりゃ大きな町のお侍さんほどじゃないかもしれないけど、割と裕福な家だったと思います。そして俺の家は商売をしてて、やっぱりそこそこに大きい家で…よし乃は母親と一緒にうちの離れに住み込みで働いていたんです」
『…よし乃さんは地元の人じゃないんですか?』
「はい、母親と赤ん坊のよし乃が働き口に困っていたのを、僕の祖父が連れてきたって聞いてます」
『父親は…?』
「さぁ…恐らく居ないんだと思います」
一口、また一口と酒をあおる毎に秀太郎の頬は赤く染まっていく。
「俺達より少し年下の結は、本当に天真爛漫で…俺達、兄妹みたいに育ったんです。結にもよし乃にも兄弟は居なかったから」
『…結の家は武家ですよね?跡取りがいなかったって事ですか?』
「あー…はい、数年前に正確には弟が出来たんですけど…父親が違うから…」
『…父親が違う?』
薬売りの視線が鋭くなって、秀太郎は少しビクッとした。
「えっと…結の父親は体が弱くて…それであまり都勤めのないあの町に留まってたみたいなんですけど…」
『…………』
「学問にとても明るい人で、俺達にもよく色んな話を聞かせてくれました。一人娘の結をとても大事にしていて…きっと心残りだったと思います。結を残してこの世を去るのは…」
『…亡くなったんですか』
「はい…でもやっぱりお祖母さんは跡取りを強く希望してて…それで親戚筋から一人養子を取って、結の母親と夫婦にしたんです」
『それで生まれたのが…弟』
二人を取り囲む空気が、やや重く感じる。
ただ…薬売りはずっと結のことを考えてた。
自分が思っているより、彼女の心には深い何かがあるのかもしれない。
あの笑顔の奥に、忘れてしまいたい程の苦痛…
無性に結に会いたかった。
あの柔らかい頬に触れて、赤く染めて。
何の不安も無いような幼い気な寝顔を眺めて。
細い体をこの腕に抱いて、何事も無かったかのように朝を迎えたい。
『…結の…両親と弟は…?』
「え………」
『今も故郷に居るんですか?』
「そ、それは…」
酔いの回った目を伏せて、秀太郎が眉を顰める。
そして少し戸惑った後、呟くように口を開いた。
「それが…結の両親は…」
薬売りの心臓が、どくんっとひとつ跳ねた。
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