第七章
└十
(ちょ、え、薬売りさん!?)
うろたえる私に目もくれず、薬売りさんは涼しい顔で空いているほうの手でお猪口をあおった。
「結?」
「は、はい!!」
「大丈夫か?やっぱり止めておく?」
「あ、ううん!大丈夫!ありがとう、秀ちゃん」
秀ちゃんは心配そうに眉を寄せると、私の顔を覗き込んだ。
「そう?さっきから顔が青くなったり赤くなったりしてるけど…」
「え!?いや、大丈夫、本当に!秀ちゃんは優しいね!」
私が慌てて答えると、今度は秀ちゃんが少し頬を赤らめた。
「???秀ちゃんこそ大丈夫?少し飲みすぎ……いいぃぃいっ!!」
「ど、どうした!?」
「なななななななんでもない…!」
(く…薬売りさん!!)
私は無言のまま彼を睨む。
さっきまで弄ぶように私の指に絡めていた薬売りさんの指が、急にぎゅうっと締められたのだ。
しかし薬売りさんは、しれっとお酒を呑みながら秀ちゃんを見ている。
そして指は緩められ、また私の指を弄び始めた。
(も、もう…!!)
怒っていいのか照れていいのかわからないまま、私は串焼きを頬張った。
カタン…ッ
「え…?あ、よし乃ちゃん!?」
不意に響いた音にハッとして顔を上げると、よし乃ちゃんが青い顔をして箸を落としていた。
苦しそうに眉を顰める彼女に、みんなが注目する。
「ご、ごめんなさい…少し気分が悪くて…」
「よし乃、大丈夫か?」
「うん…悪いけど、私、先に宿に戻っても…?」
そう言ってよし乃ちゃんは、私と薬売りさんをチラッと見た。
『…もちろん。大丈夫ですか?薬を?』
「そうだよ、薬売りさんは薬売りさんだしきっといい薬持って…」
『何を意味不明な事を…』
よし乃ちゃんは私たちを見てクスッと笑うと、首を横に振った。
「ありがとう…でもそこまでじゃないし…そうだ、結」
「うん?」
「悪いんだけど、宿屋まで一緒に来てくれないかな…夜道だし不安で…」
そう言ってよし乃ちゃんはキュッと私の袖を摘んだ。
「……!そ、そうだよね!送っていくよ!」
私は薬売りさんの手から逃れると、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ送ってきます」
「あぁ、結よろしくな」
『…………』
そして不服そうな薬売りさんの顔に若干びくびくしながら、よし乃ちゃんと連れ立って店を出た。
彼女の体を支えるようにして暖簾を潜る。
私は不謹慎ながらも、彼女が私を頼ってくれたことに少し嬉しさを感じていた。
(…そうだよね、いきなり居なくなった幼馴染にこんな所で再会したんだもん)
ずっと彼女から感じていた違和感。
きっとそれは当然な反応で。
この町に来てから周囲の人が親切で、私自身の気遣いする気持ちが鈍っていたかもしれない。
私はみんなの優しさに感謝しながらも、少し反省混じりの気持ちでよし乃ちゃんを見た。
顔を俯けたまま無言のよし乃ちゃんからは、その表情は伺えない。
「よし乃ちゃん、大丈夫?よし乃ちゃんたちが泊まってる宿ってどの辺に…」
私が問いかけると、よし乃ちゃんはスッと顔を上げた。
そして、ハァッと溜息のように息を吐くと、私をキッと睨みつける。
「え…よし乃ちゃ…きゃっ」
ぱしんっ
彼女は私の手を乱暴に払い除けると、ふいっと顔を背けてすたすたと暗い道を歩いて行ってしまう。
「あ…よし乃ちゃ…待って…!」
急な事に私の頭はついていかない。
それでも私は暗闇に消えようとしているよし乃ちゃんの背中を慌てて追いかけた。
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