第六章
└十七
―その頃の薬売りと八咫烏。
「あぁー!うまい!やっぱり夏は冷酒やんね!」
『…………』
一気に日本酒をあおった八咫烏に、薬売りは無言のまま徳利を差し出した。
いまいち噛み合ってない二人は、それでも何となくまったりと時間を過ごしている。
先程までの神衣装を再び人間の着物に戻した八咫烏。
しかし彼の纏う雰囲気は、やはり常人のそれとは違っていて。
酒場の客は自分達の卓の話に花を咲かせながらも、チラチラと薬売りと八咫烏を伺っているようだった。
『……居心地が悪い…』
「んー?何か言った?」
恐らく物静かな薬売りと、ふわふわ笑う八咫烏の組み合わせと言うのも傍目に見て物珍しいのだろう。
店の女将もやたらとこの二人に差し入れたりするのだ。
「あの…これ良かったら…」
「おわ!鯵の開きやーん!女将ありがとう」
にこっと笑い掛けられた女将は、ポッと頬を染める。
「いいんですよ…!お兄さん旅のお方でしょう?この辺はお魚もおいしいから、召し上がってくださいな」
同じ女将と言えど、ちょっと絹江より色っぽさが漂うのは店柄だろうか?
薬売りは絹江の顔を一瞬思い浮かべると、すぐにその意識は部屋に残してきた結にうつる。
(…はぁ…帰りたい…)
無意識に溜息を漏らしていると、女将が薬売りに視線を向けた。
「あら…こちらのお兄さんも、なかなか…」
そう呟いてジッと薬売りを見た。
何となく反射的に形ばかりの笑顔を作る。
「あ…」
女将は少し艶っぽい声を漏らすと、項まで赤く染めてもじもじとしながら奥へと引っ込んだ。
「うーわきーものーーー」
『………っ』
咎めるような八咫烏の声に、ぎくりと肩を揺らす。
「薬売りはんが浮気しとるー。結ちゃんに告げ口してやろ〜」
『…酔ってるんですか?』
面倒そうに眉を顰める薬売りに、八咫烏は不適な笑みを見せた。
「ふふ〜ん…なぁ。薬売りはん」
『……何です』
「…あんた、ほんまは何者なん?」
薬売りのお猪口をあおる手が、一瞬止まった。
笑いながらも八咫烏のその深い色の瞳は、問い詰めているかのように鋭い。
しかし薬売りは片方の唇の端をニッと上げると
『…ただの薬売り、ですよ』
静かに答えて酒を飲んだ。
「ふ〜ん」
納得いってはいないのだろう。
八咫烏は少し面食らったような表情を浮かべたが、すぐにからかうように身を引いた。
「まぁ…薬売りはんは薬売りはんやね〜」
そっぽを向いたまま、無表情で酒を注ぐ薬売りに八咫烏は再びグッと顔を寄せる。
「さっきあんたが部屋に入ってきた時、ちーっとモノノ怪の匂いが残ってたんよ」
『……………』
「それにその怪しげな刀…普通に人を斬るもんではあらへんよね」
『…何が言いたいんです?』
嫌そうに鼻に皺を寄せる薬売りを見て、八咫烏はにっこりと笑った。
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