第六章
└十六
―やたさんと弥勒くんの話を、薬売りさんと私はただ見ていた。
そして今。
その時と同じ力強さを湛えた彼の瞳は、美しい金色に輝いている。
「結は覚えてないだろうけど…思い出したくも無いだろうけど、結が薬売りに連れられてった時さ」
弥勒くんの言葉にどくんっと心臓が軋んだ。
でも…その嫌な鼓動は、彼の優しい温もりとまっすぐな眼差しによってすぐに緩和されていく。
「俺、薬売りのこと人攫いだって思っちゃってさ」
「弥勒くん、その場にいたの?」
「うん…でも俺はただの烏だったから…結と薬売りを必死に追ったけど、上手くいかなくて…」
彼は少し悲しそうに笑った。
「それでも必死に追いかけながら、ずっとずっと思ってた。人間になりたいって…この翼が手だったら結の腕を掴んで逃げたのに。この鳴き声が言葉だったら、結に慰めの言葉を言えたのに…」
「弥勒くん……」
「…もういよいよ駄目だって時に、俺は八咫烏様に祈ったんだ。もうこれで命が尽きるなら、どうか生まれ変わるなら人間にして欲しいって」
「え…そんな…」
「でも、生まれ変わるのを待ってたら遅いだろ?だから違うように祈った」
ぎゅっと握られた手に力がこもる。
「…命以外なら何でも差し出すから、俺を今すぐ人間にしてくれ、って」
「………っ」
「そしたら八咫烏様が聞き入れてくれたんだ…俺の夜でも飛べる視力と引き換えに」
「そ、そんな…」
弥勒くんの片手がそっと離れて、私の頬を撫でた。
その時初めて、自分の目から涙が溢れていることに気付く。
「烏ってな、鳥目じゃないんだ。夜の闇の中でも見えるんだよ」
「…それじゃ…たくさん困ったんじゃない…?」
「ははは、まぁな!でも…これで良いと俺は思ってるよ」
「………っ」
「今はこうして、結の涙も拭えるし…結と会話も出来る」
私より少しだけ大きい手が、ふわりと包む。
弥勒くんの温もりは、記憶の無い故郷の木々の香り。
金色に染まっても、あの頃と変わらない綺麗な宝石のようで…
「あり…がとう、弥勒くん…っ」
「あはは、泣くなよー」
茶化すように笑った後、弥勒くんの瞳は元の黒曜石のようなくりくりとした黒色に戻った。
「…大丈夫、結。お前が進むべき道に進めるように…俺が導いてやる」
「……うん…っ」
「ゆっくり探そうな、みんなで…」
私が頷くのを見ると、弥勒くんは嬉しそうにニカッと笑った。
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