第六章
└十一
二人は無言のまま扇屋に着いた。
奥から微かに聞こえてくる絹江の声に、弥勒は無意識にホッと息を吐く。
薬売りは暖簾を潜ろうとして、ふとその足を止めた。
そして勢いよく自分の部屋の窓辺を見上げる。
『……っ!!』
見る見るうちにその鼻に皺を寄せた薬売り。
怒りに満ちたその表情に、弥勒はびくっと後ずさった。
「おいどうし…」
『…持ってろ』
「う、重!!!ちょ…おい!!!」
担いでいた薬箱を弥勒に投げるように押し付けると、薬売りは退魔の剣を握り締め弾かれたように走り出した。
暖簾を潜ると、客の案内を終えた絹江が暢気に顔を出した。
「あら、お帰りなさい!そうそう今、お部屋に…って薬売りさん!?」
絹江の声に立ち止まりもせず、階段を駆け上がった。
(何か…いる!!)
そして勢いに任せて部屋の襖を開いた。
すたーーーーーんっ!!
「おかえりなさ〜い、お邪魔してますよ〜」
「え、あ……!?」
『!?』
そこにいたのは、見たことの無い黒髪の男と
「く、薬売りさん!」
その男の腕に収まる結の姿だった。
「あはは怖い顔やんね〜〜」
へらへらと笑う男を睨み付けると、退魔の剣をグッと握りなおす。
結はというと、男の腕の中でばたばたともがいていた。
『…お前は何者だ』
と、言うより結に何してくれているんだ。
自分のこめかみ辺りがびくびくと痙攣するのがわかる。
「や、やたさん!ちょ、離して…!」
『…結は何をしているんです。早く離れなさい』
冷ややかに言い放つと、結はこくこくと頷いて男の腕を解こうとする。
しかし黒髪の男はニヤリと笑うと、尚もぎゅうっと結を抱え込んだ。
「遠慮せーへんでええよー。さっきまであんなに怯えて泣いとったのに…」
『…泣いていた…?』
男の言葉に薬売りの頬がピクリと引きつった。
一歩間違えれば、結が人質とも言えるこの状況。
今にも踏み込みそうな足を、薬売りはどうにか堪えていた。
「ちょ、やたさん…!」
「んん?あ、言ったらダメやった?」
結の頭を撫でながら、ひょいっと彼女の顔を覗き込む。
そしてピトッと結の唇に人差し指を当てると、ふにゃっと笑いながら続けた。
「じゃあ、あれは二人だけの秘密やんね〜」
爪先から頭の先まで一気に血が昇って、薬売りの奥歯がギリッと鳴った。
『…この…っ!!!』
薬売りから漂う冷ややかな空気を察したのか、結の顔がどんどん青くなっていく。
そして結はぎゅっと拳を握った。
→12/24[*前] [次#]
[目次]
[しおりを挟む]