第六章
└六
「ほぉー…そりゃぁ興味深い話やねぇ」
私が一通り話し終わると、やたさんはお茶を啜りながらうんうんと頷いた。
でも私はと言うと…
(だ、大丈夫かな…)
思い返してみれば、自分の身の上を誰かに話した事なんて初めてで…
薬売りさんの"本業"は言ってないにしても、今日初めて会った人にこんな風に話してしまってよかったのだろうか?
「…で、その薬売りはんちゅう人はええ人なの?」
「え…は、はい!意地悪だけど…優しい人だと思います」
戸惑いながらもハッキリと答えると、やたさんはにこっと笑い返してくれた。
「それなら、そがなに心配する必要ないんやないかぁ?」
「そう、ですかね…?」
「焦って思い出そうとしなくても、ちゃんと待っていてくれるのちゃうかぇ?」
やたさんの言葉に、私は思わず俯いてしまう。
そんな私を彼は覗き込むように窺った。
「私…本当はずるいんです」
「ずるい?」
「…心のどこかで、このままだったらずっと薬売りさんが一緒にいてくれるんじゃないかって…」
「…………」
私は膝の上でぎゅっと手に力を入れた。
「そんな事…許されるはず無いんですけどね、ははは…」
「…許されへんって、どなたはんに?」
俯いたままの私に、やたさんの低くて優しい声が問いかける。
「薬売りさんや…私の周りにいる人や…」
「………」
「…もしかしたら、たぶん神様にだって…」
段々と自分の声が小さく、くぐもっていくのがわかる。
私は俯けた瞳から涙が落ちないように唇を噛んだ。
「…その人のことが好きなんやか?」
ぽんっと私の頭を撫でながら、やたさんが呟いた。
「…………っ」
私は声を出せないまま、静かに頷いた。
頬に集まる熱が、そのまま一気に体を駆け抜けたように自分の体温が上がったのがわかる。
「ははは!正直だね、お嬢はん!…そう言えば、さっき神様って言っちゃったけれど、この国にどれくらい神様があるか知ってるかぇ?」
突拍子も無い質問に、思わずゆるゆると顔を上げる。
私はやたさんに向かって小さく首を振った。
「"八百万(やおよろず)の神"って聞いたことあるやろ?その名の通り、八百万もの神様がいるんよ」
「へぇ…!」
「そがなにあったら、ええ神様だけやないよね。きちんと大事にしてくれるならみんなに優しくしてくれるけれど、そうやなければ祟ったりもするで」
きょとんと彼を見る私に、やたさんはまたにこっと笑った。
「神様も人もそがなに変わらんよ…大事に関係を築いていれば傷つけたりなんかしようとせん」
「やたさん…」
「何に祈るも縋るも…それがええもんか悪いもんか…それはお嬢はんの心持ち次第よ」
やたさんの温かい瞳に、少し強張っていた頬が緩む。
そして私はゆっくりと頷いて微笑んだ。
「…あぁ!!!」
「うわ!びっくりした!!」
「私、お使いの途中だったんです!!」
この通りに来た本来の目的を思い出して、飛び跳ねるように立ち上がった。
そして、やたさんに向きなおすとぺこりと頭を下げる。
「やたさん…お話聞いてくれてありがとうざいました」
やたさんは、ははっと笑うと手を振って言う。
「ええよええよ!…ウチも君と話せてよかった」
「ふふ、じゃあさようなら」
「あぁ…その内またすぐに…」
「え?」
ぽそっとさりげなく呟かれた言葉に、私は首を傾げた。
でもやたさんは何も言わずに笑顔を浮かべると、
「それやあね、結。気をつけて帰りなさい」
そう言って私に手を振った。
私はもう一度頭を下げると、扇屋までの道を足早に進んだ。
(…え、私、名前言ったっけ…?)
ハッとして、お団子屋さんを振り返る。
「…え…あれ…?」
しかし、お団子屋さんの軒先にすでにやたさんの姿は無く。
私の視界には賑やかな雑踏が広がるだけだった。
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