第六章
└五
「ふふっ、はー…笑いすぎちゃった!」
目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら、ふとやたさんの方を見る。
「……?」
やたさんは、何も言わずに柔らかい笑みを浮かべながら私をジッと見つめている。
その表情があまりに穏やかで…
私も次に掛ける言葉を失ったまま彼を見ていた。
暑い日差しを掻き混ぜるように、心地いい風が私たちの間を抜けていく。
少し汗ばんだ額にはとても心地よかった。
(あれ……?)
ここで私はあることに気付く。
やたさんの着物は夏らしい白っぽい生地だけれど…
決してぺらぺらした安物ではなくて、なかなか上等そうに見える。
銀糸で入った織りが何とも上品だ。
そのせいか、柔らかい彼の笑顔もどこかしら凛とした印象を受けた。
そして何より、この長い黒髪。
男の人とは思えないほど、美しい髪だった。
簡単に結われていて、髪飾りも質素なものだったけれど…
艶やかな髪の一本一本が、やたさんの身分がそう低いものでは無いことを教えていた。
こんな上等な格好をしている割に、やたさんはちっとも汗をかいているようには見えない。
綺麗に通った鼻筋は汗粒ひとつ浮かべずに、彼の整った顔立ちを引き立てていた。
時折、風に軽やかに揺れる髪に、私はなんだかドキッとしてしまう。
(…不思議な人…)
こいういう形容がまさにしっくり来る。
どこか貴族の人が物見にでも来ているのだろうか?
「あ、あの…」
「ん?どうしたんやか?」
やたさんは、すっと私の顔を見た。
「なんで…私を呼んだんですか?」
「………」
私の質問に、やたさんは口元だけ笑って答える。
「んー。ウチは占いみたいんをやっていてなぁ」
「占い?」
「お嬢はんがちょっとかり気になってなぁ…」
そう言ってやたさんは私の頬に手を伸ばした。
「―っ」
やわやわと私の頬を撫でながら、やたさんは少しだけ真剣な視線を投げる。
「…何よ悩み事があるんやない?」
「…あ…っ」
さっきまでの優しい眼差しとは打って変わって、まるで射抜くような鋭い眼光。
さっと私の背中に冷たいものが走る。
「あ、あの私…」
「……………」
全てを見通すかのように澄んだ黒い瞳に、私の口はまるで魔法に掛かったように言葉を続けていく。
「記憶…が無くて…」
私が話し始めると、やたさんの表情は再びふわんと緩くなった。
そんな彼の様子に促されるように、私はぽつぽつと今までのことを話し始めた。
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