第六章
└四
― 二ノ幕 ―
周囲はざわざわとうるさいはずなのに、私の耳にはハッキリとお団子屋の彼の声が聞こえる。
「…………っ」
訝しんでジッと見つめていると、彼は尚も私に向かってにこにこと柔らかい笑顔を向けた。
(なんか…やっぱり怪しい…!!)
ごくっと喉を鳴らしながら、胸元に潜む天秤さんをぎゅっと掴む。
「…あ、あれ?」
モノノ怪との距離を測るはずの天秤さんが、まったく反応していない…?
(…って事は、モノノ怪じゃない…?)
で、でもでもでも!
また須王くんの時みたいな事に巻き込まれるかもしれないし…!
「まぁまぁ、食べたりせんから早くおいなぁて」
「………」
悪い人には…見えないな…
(って、いつも私そう思ってる気がする…!)
私は疑いながらも、彼の方へと足を進めた。
「たっしゃなか?」
「へっ?」
近くに寄ると、彼はふにゃんと笑う。
耳慣れない言葉に首を傾げると、慌てたように言い直した。
「ん…あーそうか!こっちじゃこんにちは!」
「あ…なるほど…こ、こんにちは」
私の返事に嬉しそうに笑うと、自分の隣を指差した。
「まぁひとまず座ってくれよ」
「は、はい…」
不思議な状況に戸惑いながらも、私は少し距離を空けて彼の隣に座った。
(何だろう、この状況は…)
「食べまっか?」
「へっ、い、いいです!」
のこのこと手招きされるままに来てしまった後悔と、やっぱり悪い人には見えない気持ちと…
そんな私の複雑な心境を知ってか知らずか、彼は無邪気な顔で私にお団子を差し出した。
「…方言」
「はい?」
「聞き取りにくくてごめんねぇ」
申し訳なさそうに眉を下げて、彼はポリポリと頬を掻いた。
「あの…この辺の人じゃないんですか?」
「ん?あぁ、ウチは熊野の出身なんや」
「えーと、熊野??」
どこのことだかわからなくて私が聞き返すと、彼は優しそうな垂れ目を細めて続ける。
「そう、ここよりももうちっと南のほうかぁ?美味しい物ががいなことて、立派な神様もいる、綺麗なとこだよ」
「がないなことて…??」
「あっははは!たくさんあって、って意味」
なるほど…と思いながら、私は感心するように頷いた。
出身が違うだけで、まったく知らない言葉が山ほどあるものだ。
(自分のいる付近の言葉が、基準ではないんだなぁ…)
最初はあんなに怪しんでいたのに、妙にわくわくしてしまう自分がいた。
きっと薬売りさんはもっと、いろんな方言を知っているんだろうな。
「…ん?」
私は肝心な事を忘れている気がして、彼を見た。
「あ、あの…」
「ん?あぁ!ウチの名前は…やー…んー…」
「…???」
「やー…た…」
困ったように歯切れ悪く答える彼。
曖昧に立てられた右手の人差し指が、所在無げに空中をふらふらと動く。
「え、えっと…やたさん??」
「あ…!そう!それ!!」
閃いた!と言わんばかりにふらついていた人差し指を、ピコーンと指した。
「ぶ…っ!ふふっあははは!」
「な…そがなに笑わなでくれよぉ…」
私はひょうきんなやたさんの姿に、笑いが止まらなくなってしまった。
そんな私を見て、やたさんもふにゃっと笑う。
さっきまで部屋で一人、鬱々としていたのが嘘かのように、私は晴れ晴れした気分でいた。
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