ひとりじょうず | ナノ




番外章(四)
   └十四




「結!逃げろ!!早く!!」



須王くんの声にハッと我に返る。

辺りを見ると、逃げようとする者や蹲って許しを請うように拝む者…



まさに阿鼻叫喚といった様子だった。




「早く!!拝んだって水は止まらない!!早く逃げるんだ!!」

「須王さま!」

「萩野!この縄解いて!早く!!結も萩野もそこの岩場に上れ!」



恐怖に脱力する者達を立ち上がらせながら須王くんが叫ぶ。

彼のお父さんと継母の姿はすでにそこには無く、お父さんが連れていたはずの私兵がおろおろと逃げ惑っていた。




(は、早く逃げなきゃ…!)




すぐ後ろまで轟音が迫っている。

私は須王くんのいる、少し高くなった岩場に登ろうと一歩踏み出した。




「痛…!!」



しかし、さっき捻ったほうの足に激痛が走る。

私は勢い余ってその場に倒れこんでしまった。




「結!?」



先に岩場に登った須王くんが、上から私に手を伸ばす。




「須王くん…っ」

「大丈夫か!?早くつかまれ!時間が無いぞ!」



私は精一杯手を伸ばして彼の手をとろうとした。


…が、一瞬遅かった。







どおおぉぉぉぉっ





「きゃーーー!!」

「結、結ーーー!!」




彼の手が届く前に、私の視界は翡翠色に染まる。





「ごぼ…っ!!」



物凄い勢いの水流に、私の体はぎしぎしと痛む。

自分の吐いた息が、泡になって消えていくのが霞む視界に映った。




(だ、だめ…私…帰るんだから…薬売りさんの所に…!)



あちこちの岩に叩きつけられながら、意識だけは失わないように歯を食いしばる。

何個目かの岩に腕を擦った拍子に、手首の縄が千切れた。




(や、やった…これで…)

「ごほ……っ」




しかし、私の体はまったく言う事を聞かなくて。

濡れた着物が重くて、捻った足や打ちつけた箇所が痛くて…





(薬売りさん…)



だんだんと頭がぼんやりしていき、視界はどんどん翡翠色に飲み込まれる。





(…あ…あれは…)



霞んでいく中に、何かの影を見つけた。




(…薬…売りさ……違う…?)



私のほうにまっすぐと進んでくる影は、見慣れた青い着物では無く…





(…大き……い、紅…い……犬…?…狼…?)



その姿を確認する間も無く、私の意識は途切れた。



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