ひとりじょうず | ナノ




番外章(四)
   └七



――それから幾年か経ち…俺が十二になる頃。

この一帯でやたらと水害が多くなった。


近年稀に見る大雨や、川の氾濫。

そして山崩れが多発していた。


村の人々はまことしやかに囁く。




「姫巫女様にあんな仕打ちをするから…」

「そうだ。跡継ぎをお産みになった御母の歌織(かおる)様を蔑ろにするからだ」

「きっと、水神様がお怒りなんだ」





…相変わらず、母上の時は止まっていた。




「ほら、母上。今日は向日葵の花だよ」



昔よりも母上の目線に近くなった背丈。


そっとその白い手に花を握らせる。

母上はいつものように、俺を見ないまま細く微笑んだ。




「須王坊ちゃま、今日はお屋敷のほうが随分と賑やかですね?」

「あ、萩野…さぁ…親父のやる事は俺にはわからないから」

「まぁ…!その様なお口を!きちんと父上とお呼びなさいませ!」

「…けっ…」





少し白髪の増えた萩野が、俺を窘める。


いつもの…いつもの、この奥宮での穏やかな時間。

…そのはずだった。





「歌織(かおる)さま!歌織さまはおいでか!!」



静かな奥宮に大きな声と、複数の足音が乱暴に響いた。




(…あの声は親父の…)




がたんっ!




親父の従者達が、俺達の居る庭へとなだれ込んで来る。





「お前達!一体何の真似だ!」

「須王様…!これは父君からのお達しです。どうかそこを退かれよ」

「親父の…!?ふざけるな!この宮に踏み入る事は許さん!」




俺は従者から母上を守るように立ちはだかった。

萩野は母上をかばうように、ぼんやりとしている彼女を抱きかかえる。




「…いくら須王様のお言葉でも今回ばかりは聞けませぬ。御前、失礼!」

「お、お前達…!!」

「歌織様をお連れしろ!」

「はっ!!」




俺を押さえつける従事長の号令と共に、従者達が母上と萩野を捕らえようと足を進めた。

俺は必死にもがきながら、抑えられる手を払おうとしたけど子供の力では遠く及ばない。




「は、萩野ー!母上を連れて逃げろーー!!」



声を張り上げるも…

砂埃が舞い上がる中、従者に捕らえられる二人の姿が見えた。




「母上…!母上!!」



そして引きづられるように二人の姿が遠ざかる。





「…須王様、どうか落ち着かれよ。これはこの村の為でもあるんです…父君は賢明なご判断をなされた」



俺を押さえつけていた従事長が、ポツリと呟いた。

暴れる俺を持て余したのか、俺は地面に倒されるように押さえ込まれていた。





「…どういう意味だ」



睨みつけるように見上げると、従事長は少し怯んだように口を開く。




「こ、この水害は水神様のお怒りだと…」

「…………」

「だから水神様の巫女である…歌織様を…水神様の御前にお還しすると…」

「――――っ!!」





頭が真っ白になった。


何て…何て事を…!!!





「…なせ……」

「す、須王さ…」

「離せ!俺に手を上げるとは何様のつもりだ!!」

「は、ははぁっ!!」




従事長はハッとした後、地面に平伏した。

俺はそのまま弾かれた様に立ち上がると、一目散に母上の後を追った。



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