ひとりじょうず | ナノ




番外章(四)
   └六



―――………



「母上、僕のことがわからないの?」



幼い俺は、心を壊した母上を見ては萩野に尋ねた。

萩野は困ったように笑うと、いつも俺をそっと抱きしめた。



母上は、屋敷の奥に作られた宮で毎日を過ごす。

そこだけゆっくりと時間が流れているようで、母上はまるでお伽話に出てくる天女のようで…


笑いもせず、俺に声を掛けることもせず、ただ、そこに居た。





「…母上…」



俺はいつも母上に花を摘んで持って行っていた。

萩野に許されると、それを手に庭に佇む母上にそっと近づく。




「ほら、水仙が咲いたんだよ!綺麗でしょう?」

「…………」



差し出した花を手に取ると、母上は小さく笑う。

でも、その瞳は俺に向けられることは無かった。



それでも、俺は母上に会えるのが嬉しかった。

ほんのひと時の、母上との時間が俺には何よりも大事だった。




「須王坊ちゃま、もうそろそろお戻りにならないと父君が…」

「いやだよ萩野!僕ここにいる!」



窘めるように伸ばされた手を振り払うように駄々をこねると、間もなくいつもの怒号が響く。




「須王!須王!!そんな所に居ないで早く戻りなさい!!」



俺の小さな体はビクッと揺れた。




「さ…っ!須王坊ちゃま…!」

「あ…母上…っ」



萩野が慌てて俺の背中を押した。


俺は水仙を見つめる母上を振り返りながら、

「また…また来るね!次のお花は何がいいか考えておいてね…!」

一方的な約束を交わす。



陽に照らされた母上は、まるでそのまま光に溶けてしまいそうで。

虚ろな瞳が一層、少女のように透明に見えて…




「須王!!」




ばちんっ



「……っ!!」




頬が焼けるような痛みに包まれる。

俺は思わず零れ落ちそうな涙を堪えようと、ぎゅっと唇を噛んだ。




「あのような気の触れた女の元になど行くなと、何度言えばわかるんだ!!」

「…母上はおかしくなんかないもん!」

「この…っ!口答えするか!!」



親父が再びその手を振り上げ、俺は次に来る痛みに身を縮めた。




「お館様…!!坊ちゃまをお誘いしたのは私です!」

「萩野…!?」

「美味しいお菓子があるからと…どうか、どうかこの年寄りの愚行とお許しを…!」



地面に額を擦り付ける萩野を見て、親父は振り上げた手をわなわなと震わせた。




「萩野…!自分の置かれてる立場を弁えろ!須王は我が跡取りぞ!」

「はい…!申し訳ございませぬ…!!」



親父はひとつ舌打ちをし踵を返すと、従者を従えて屋敷へと戻っていった。




「萩野…萩野!大丈夫?」

「坊ちゃま…」



俺は萩野に駆け寄って、着物についた埃を懸命に払った。

でも、萩野はその手を取ると、そのまま俺を抱きしめた。




「坊ちゃま…!どうか…どうか母君にこれまでのように会いにきて差し上げてくださいね…!」

「萩野…?もちろんだよ?僕、ずっと母上のお側に…」

「…いつか…きっといつか坊ちゃまにもおわかりになる日が来ます…きっと…!」




その時の萩野の言葉の意味も、涙の意味も俺にはわからなかったけども…





「…全く…あんな女が須王の母親とは…!」

「お館様…」

「……些か…邪魔になって来たのお…」




親父の思惑も、全くわからなかったけども…




「…僕の家族は母上と萩野だけだよ」


ただはっきりと、憎むべきは親父であり、守るべきは母上だと。

幼心にそう理解していた。



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