番外章(四)
└四
そんなに深くない洞窟の中は、木漏れ日が差し込んで気持ちがいい。
遠くで鳥が囀って、葉擦れの音がさわさわと響いた。
私が座らされたすぐ傍を、あの川と同じ翡翠の水が流れている。
(…この辺の水はみんなこの色なのかな…)
川と呼ぶにはあまりに細い水の流れに、思わず見とれてしまった。
「綺麗だろ?」
いつの間にか戻ってきた彼は、翡翠色の小川で手拭いを濯いだ。
そして、それをキュッと絞ると私を振り返った。
「あの崖から落ちてきたなら、翡翠色の川を見ただろう?」
「あ…はい、すごく綺麗でした」
「ここはあの川の源流だよ」
そう言って洞窟の奥を指差した。
「わぁ……」
彼の指差す先を見ると、薄暗い洞窟の中で何かがキラキラと光る。
そこには同じく翡翠の小さな池のようなものがあって。
洞窟の天井にできた小さな隙間から漏れる太陽の光に反射して、不思議に輝いていた。
「ほら、足出せ」
「え?」
不意に話しかけられて、パッと彼を見ると挫いたほうの足を見ている。
「ここの湧き水は綺麗なだけじゃなくて…」
「冷たっっ!!」
「だろ?」
男の子は悪戯っぽく笑うと、もう一枚の手拭いで足についた泥をそっと拭いてくれた。
「あ、ありがとう…」
「結構擦り剥いてるなぁ…まぁあの崖からじゃぁ仕方ないだろ。少し痛いだろうけど我慢しろよ?」
そう言いながら、何度か手拭いを濯ぎ直しながら、泥を綺麗に落とす。
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、世話焼きなところがあって…
(…薬売りさん、心配してるかな…)
否応なしに薬売りさんを思い出す。
…何だか急に心細くなってきた。
「…い、聞いてんのか?」
しょんぼりしてると、男の子の声が飛んできた。
ハッとして彼を見ると、また呆れたように溜息。
「名前。何て言うんだよ?」
「あ……えっと…」
一瞬、彼がモノノ怪なんじゃないかと口を噤む。
もしそうだとしたら…
(迂闊に名前は言わないほうが……でも…)
きょとんと私を見ながら、捻った足にあててる手拭いを濯いで冷やし直してくれている…
悪い人には到底思えない。
「…結、です」
「結な。俺は……」
彼が言いかけると、遠くから人の声が聞こえてきた。
「……さまーー、須王(すおう)様ーーーー!!」
誰かの名前を呼ぶ数人の声。
「…何だろう?」
「しっ」
男の子は人差し指を唇に当てると、チッと小さく舌打ちする。
「…まだ探してやがる」
「…え?探してるって…」
声を殺して尋ねると、男の子は無言のままクイッと顎をしゃくって声のするほうを指した。
「俺。俺の名前、須王って言うんだよ」
「え…っ」
須王くんはニヤッと笑うと、
「大丈夫だ、ここはあいつ等には見つけられない」
そう得意げに言った。
そして、濯ぎたての手拭いを私の足に乗せる。
戸惑いを隠せないまま、須王くんを見ると彼は少し柔らかく微笑んで私の隣に腰掛けた。
「……よし、隠れがてら、結に昔話をしてやるよ」
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