第一章
└十二
「……………」
ぼんやりとした頭をどうにか動かそうとする。
だけど、さっきから体も動かず声も出ない。
(…ここは何処だろう…)
煌々と焚かれた篝火が辺りを照らしているものの、場所がわかるようなものがない。
小太郎さんに抱きかかえられたまま、気を失っている間にずいぶんと山奥に来ている事だけはわかった。
(どうしよう…!)
「怖がる事はありませんよ、お嬢さん」
小太郎さんが抱きかかえたまま、私に言う。
「どうか乱暴に連れ出した事を許して下さいね?」
そう言って私の頬を撫でて、微笑んだ。
その顔は昼に見た小太郎さんと同じ笑顔。
この人は何をしようとしているのだろう…
そもそも私、何でこんな事になっているの!?
次第にはっきりしていく意識に反して、相変わらず声も出ないし体も動かない。
(小太郎さんはなんでこんな…)
不安に思って視線を投げるも、小太郎さんは再びにっこりと笑うと、とある屋敷の門をくぐった。
人の気配のない屋敷…。
それだけでも十二分に怖いのに、灯籠に照らされた曖昧な明るさが余計に不安をかき立てる。
やがて小太郎さんは奥の座敷に入った。
「着きましたよ、お嬢さん」
小太郎さんはゆっくりと私を下ろした。
(何…ここ…??)
広々とした広間には綺麗な絵の描かれた金の屏風やら、高級そうな座布団、豪華な生け花が並べられている。
辛うじて動く目で確認してみても、さっぱりわからない。
「さぁ、それでは着替えましょう」
え?
「今日の祝言の為に特別に拵えました」
え、し、しゅう…え!?
「きっとお嬢さんによく似合う」
そう言ってさらに奥の間に続く襖を開けると、其処には見事な白無垢が用意されていた。
(…え…これ…)
小太郎さんは嬉しそうに微笑むと、打ち掛けをそっと私の肩にかける。
「あぁ、やっぱり似合いますね」
そう言って、パンパン!と手を叩いた。
その瞬間、サァッと風が舞い上がる。
あまりの強風に思わず目を閉じてしまった。
すぐに風が止み、そろりと目を開ける。
(え、ええぇぇぇ!?)
急に体に重みを感じてどうにか目を動かすと、私の浴衣がいつの間にかあの白無垢に替わっていた。
(何で…!?どうやって…)
バッと小太郎さんの方に目を向ける。
「……………!?!?!?」
おかしい。
小太郎さんがおかしい。
おかしいって言うか…
あ、いや、うん。
おかしい。
(み、耳…耳が…)
さっきまで町にいる普通の人だった小太郎さん。
しかし今は耳が生え、綺麗に結っていた髪は銀色に靡いている。
(い、いつの間に紋付き袴に!?)
固まっている私を(動けないんだけど)見て、小太郎さんは悲しそうに眉を下げた。
「…似合いませんか?」
「…………」
いやいやいや!
動けないんです!しゃべれないんです!!
でも妙に似合ってます!!
頭が混乱しすぎて、息をするのも忘れそうになる。
なんで小太郎さんに耳が??
てゆーか私は何しに連れてこられたの??
あ、祝言か!
え?誰と??
小太郎さん?
て ゆ ー か 耳 !?
この混乱が声にも動きにも出ない事が本当に悔しい。
そんな私に気付いているのかいないのか、小太郎さんはジッと私を見たあとに「あぁ!」と声を上げた。
「そうでしたそうでした。ごめんなさい喋れないんですね」
そう言いながら、申し訳なさそうに笑う。
(だったら早く戻して!扇屋に帰して!!)
「祝言の時には喋れるようにしてあげます」
(ほ、本当!?でも、出来れば今すぐ…!)
「私も、お嬢さんの可愛らしい声を早く聞きたいですからね」
(そんな事言ってる場合じゃないよ!)
「あ、それから…私、狐ですから」
(だから、そんな事今はどうでも…)
…え??
今、なんて???
「疑ってます?ほら」
くるりと背を向けた小太郎さんのお尻辺りで、ゆらりと尻尾が揺れていた。
……狐、だ……
たまらずに卒倒しそうになる。
ぐらりと蹌踉ける私の体を、さっと受け止めた小太郎さんはニコリと笑うと、私の髪にあの簪を挿した。
「さぁ、宴の始まりですよ」
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