第一章
└十一
― 四ノ幕 ―
『…ふう』
静まりかえった深夜。
薬売りは音を立てないように階段をあがり、部屋へと向かう。
先ほどまで自分がからかっていた彼女の事を、ふと思い出し、頬が少しだけ緩んだ。
襖の前まで来ると、中からは物音一つしない。
久々の外出で疲れたのだろう。
外に出る事が決まった時の結の笑顔が脳裏をかすめ、薬売りは更に緩む頬を抑えられなかった。
(…連れて行って良かったのかも知れない)
結を外に出さないでいたのは、ある程度理由のある事だった。
少なくとも、薬売りには外に出したくない、理由があった。
でも、結の笑顔を見たら杞憂だったのかもしれないと思えた。
そっと襖を開けようと手を伸ばしたとき。
『――!!』
異様な気配を肌に感じて、薬売りは勢いよく襖を開けた。
『結!!』
部屋の中にその姿はなく、嫌な風が吹き込んでいた。
『…ちっ』
薬売りはバッと着替えると、濡れた髪のまま外へと飛び出した。
夜の通りは昼とは正反対に閑散としている。
もう飲み屋も閉まって、月だけが唯一の灯りだった。
(…油断した)
まさかこんなに早く手を出してくるとは。
白く無垢なものほど、染まりやすい
小太郎の言葉を思い出し、薬売りは眉間の皺をさらに深めた。
『――っ!!』
とある小径の脇で、薬売りはその足を止めた。
そしてその奥の暗闇をジッと睨む。
『…ここか』
そう呟くと、薬売りは不敵に口角をあげる。
そして一歩、小径へと足を進めた。
少し行くと、暗闇の中にぼんやりと赤い鳥居が浮かび上がってきた。
薬売りは鳥居を一瞥すると、暗闇を睨みつけながらそれをくぐろうとした。
瞬間、ピリっと何かが肌に走る。
(結界…)
『…小賢しい』
薬売りは鼻で笑い、空を切るようにスッと指を走らせると暗闇へと消えていった。
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