ひとりじょうず | ナノ




第五章
   └二十二



薬売りの言葉に目を丸くした弥生は、さっきとは逆に薬売りを睨むように見つめた。




「何故…私の事を…」

『おや、それだけ蜘蛛の糸を出しておいて何故とは。滑稽な』



ニヤリと笑う薬売りに弥生が声を荒げた。



「嗅ぎ回ったか、私のことを!」

『えぇ…お前の島原時代に一緒だった女郎が、今こちらの岡場所にいてね』



薬売りの言葉に、弥生は更に怒りを露わにした。


しかし、その表情はすぐに解かれる。

そして、冷ややかに笑った。




「…そう、あなたも…"待たせる男"だものね」

『っ!』

「結ちゃんの想い人は、あなたなんでしょう?」



ギリっと歯噛みしたのは薬売りの方だった。



『…愛する男に待たされて、必死に隠していた本性を保ちきれなくなったか。哀れなものだな』

「…何を知ったようなことを」




弥生が薬売りを睨むと、周囲の蜘蛛たちはジリジリと彼に近づいていった。




「お前なら知っているだろう、女郎蜘蛛が男を喰らって生きていくことを」



目を細めて妖艶な笑みを浮かべる弥生に対して、薬売りはふんっと鼻を鳴らす。




『もちろん…それを考えれば遊郭はいい狩り場だったろう?』

「うふふ!そうね、あそこは外で狩りをするより安全だし…」



無邪気な笑顔を見せながらも、弥生はフッと遠い目をした。




「…放っておいても男達が寄ってくるから獲物には困らないし…」



そんな彼女を見て、薬売りが続けた。




『…でも、彼だけは違った』

「―っ!」

『他の欲に塗れた男とは違って、ただ自分に会いに来てくれた』

「…や、やめ…」

『彼だけは、喰らう気になれなかった…愛してしまったから』

「……いや…清四郎さ…」




青ざめた顔で弥生が首を振る。

しかし薬売りはそのまま話を止めない。




『…彼となら、例え獲物を得られなくても、力が弱まっても餓えても…一緒に居たいと』

「やめてぇぇっ!!!」




弥生は頭を抱え込み、その場にしゃがみ込んだ。

弥勒は、その姿をただ悲痛な表情で見つめていた。


ほんの少し静まり返った庭先で、風の音とカサカサと蜘蛛たちが動く音だけが響く。




『…ひとつ、お前に話をしてやろう』



薬売りはその静寂の中、ゆっくりと話し始めた。



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