ひとりじょうず | ナノ




第五章
   └二十一



少し強くなった風が、牡丹の花達を揺らす。

張り詰めた空気の中、弥勒と弥生はただ見合っていた。


しかし、弥生はフッと微笑むとぽつりぽつりと話し出した。



「…君は気付いていたのね、私がモノノ怪って事」

「…あぁ、初めて来たときからな」

「ふふ…私も段々力が弱まって、少し化けるのが下手になったかしら」



そう言って、弥生の体がぐらりと揺れた。



「っ!!」




次の瞬間。

弥勒に向かって何かが、ワッと襲いかかる。




「な…っ!?蜘蛛!?」

「ふふ…ごめんなさいね、この子達、暴れん坊で…」



弥勒の周りを、小さな蜘蛛が取り囲んだ。

ざわざわと不穏な音を立てて、弥勒に近寄っていく。



「家の中でチラチラ動いてたのはこいつらか…!」



ばさっ



弥勒はその場で高く飛び上がると、その姿を烏に戻した。


「カァーッ!」

「まぁ…!見事ね!」



弥生の頭上を旋回しながら、小さな蜘蛛を蹴散らしていく弥勒。

しかし、弥生は驚く様子もなく無邪気に手を叩く。


そして拍手を止めると、スッと両手を開いた。



「でも、少しジッとしていてね?」

「ガ…ッ!!」




次の瞬間、弥勒の体は白い物にグルグルと包まれる。

床に打ち付けられると共に、彼の姿は再び人間になった。



「くっは…」

「ごめんなさいね、君に何の罪も無いけれど…」



弥勒は懸命にもがくが、巻き付いているのは蜘蛛の糸のようで身動きひとつ出来ない。

弥勒は弥生の紫に変わった瞳をジッと見詰めた。



「私も…生きて行かなきゃならないのよ」

「………」

「そして…清四郎さんを待つの…」




弥勒は、フッと体の力を抜いた。

そして、弥生がゆっくりと手繰り寄せる糸にそのまま身を任せる。



「…待っていると約束したの…清四郎さん…待っていてと…」



彼女を見つめる弥勒の瞳に、既に鋭さはない。

ただ…とても悲しそうに彼女を見ていた。





『―弥勒!!』



高らかに響く下駄の音と共に、鋭い声が飛ぶ。

弥勒と弥生は、その声の主を同時に見やった。



「…薬売り!」

『…なんてざまだ、馬鹿者が』



憎まれ口を零した後、薬売りはサッと辺りを見回した。




『…結は?』



結の姿がない。

薬売りの心臓が、どくんっとひとつ鳴った。




「大丈夫だよ、結は出かけてる。それに…」



弥勒は、手繰り寄せる手を止めた弥生に視線を向ける。



「この人は結を襲わない」

「……っ」


彼の一言に、弥生の手がビクッと揺れた。




「…そうだろう?」

「………っ何を…」



震え俯く弥生を確認すると、今度は薬売りに向かってゆっくりと告げた。



「薬売り、その剣下ろしてくれ」

『何…』

「大丈夫だから…下ろして」



やたらと落ち着いた弥勒の口調に、薬売りは言う通りにカタカタと鳴り続ける退魔の剣を下ろした。


しかし、薬売りの視線は緩まることはない。

そして、弥生を見ると静かに口を開いた。




『…まさかこんなに早くあなたを見つけられるとは思いませんでしたよ。岡場所の情報網も侮れませんね』

「…あなた、誰?」


弥生の問いかけに、薬売りは小さく笑う。



『…言伝を預かってまして…あなたを捜していたんですよ。胡蝶さん』

「…っ!な、何故その名前を…!?」

『それとも、こう呼んだ方がいいでしょうか』



弥生は呆然とした様子で薬売りを見ている。



『……女郎蜘蛛』



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