第五章
└十八
「清四郎さんは、私のお客様でね。何度も何度も通ってくれて、そして大枚はたいて私を請け出して…そしてここに来たのよ」
「そうなんですか…」
「ふふふ、よくわからないわよね、女郎屋のしきたりなんて…私みたいな女郎は遊郭で働く年季が決まっているの。商売から身を引かせるためには、大金が必要なのよ」
きょとんとしてる私に、弥生さんは丁寧に説明してくれた。
「元々清四郎さんは、着物問屋の跡取りでね。きっと…無理してお金を集めたんでしょうね。ご両親に勘当されちゃったの」
そう言って悲しそうに瞳をふせた。
「そりゃそうよね…私みたいな遊女に入れ込んで通いつめて…」
「…………」
「それで、逃げるようにこの地に二人で来たのよ」
弥生さんの横顔は、日差しが作る影に溶けてしまいそうで…
私は無性に淋しくて、薬売りさんに会いたくなった。
「牡丹はね、私が始めて彼に会ったときに着ていた着物なの」
「へぇ…」
「…ここに来た頃、私達は生活するのがやっとでね。とうとう彼は出稼ぎに出るって言い出した」
(あ…それでご主人の姿が見えないのか…)
「私は反対したわ、それはもうすごい勢いでね。貧しくてもいいから、彼と一緒にいたかった…でも清四郎さんはこんな生活しかさせてあげられないなら、君を鳥籠から出した意味が無いって…」
弥生さんは小さく笑うと、
「馬鹿よね、反物より重い物を持ったことなんて無い癖にね…」
少し淋しそうに呟いた。
私は、無意識のうちに彼女の手に自分の手を重ねていた。
「結ちゃん…」
弥生さんの手は、白くて柔らかくて少しだけ冷たくて…震えていた。
「清四郎さん、早く帰ってくるといいですね」
「…ありがとう…」
目尻に光る涙を着物の袖でそっと拭うと、弥生さんは綺麗な笑顔を作った。
「彼ね、いつかまた君に牡丹柄の着物を着せるからって。だからそれまではあの牡丹の花達を僕だと思って待っていてって…」
「はい…」
「"待っていて"…そう言ったのよ…」
花壇を見ながら、ギュッと私の手を握る。
(あぁ…この人は…)
きっとこの牡丹を見ながら、何度も何度も淋しさを紛らわせてきたんだろう。
愛する人の植えてくれた、あの花だけを頼りに…
「きっと…清四郎さんも早く弥生さんに会いたいって思ってますよ…」
「…ふふ、そうだといいな」
「私…ここに働きに出るようになって、ひとつ気付いたんです」
弥生さんは伺うように私のほうを見た。
「私、ずっと待ってるのって淋しくてつらいって思ってました」
「…………」
「でも、きっと…待たせてる方も、同じくらい淋しいんじゃないかなって…なんて、当然なんでしょうけど…」
ちょっと照れくさい気持ちを笑って誤魔化す。
…と、弥生さんは目を丸くして私を見ていた。
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