第五章
└十六
「ほれ、頼まれてた漬物」
まさに好々爺といった笑みを湛えて、小松屋の主人が大きな樽を抱えてきた。
「やだ、取りに行ったのに!庄造がだけど」
絹江は樽を受け取りながら、よいしょっと勢いをつけて土間の脇に置いた。
「そうそう、この度はありがとうございました!」
きょとんとする小松屋の主人に、絹江は改まって頭を下げた。
「この度??絹ちゃんに感謝されるのは悪かないけど、何のことだかね?」
「やだ、小松屋さん。まさかとは思ってたけどボケてるの?」
「なんと!失礼な!」
憤慨する小松屋の主人を、薬売りは笑いを噛み殺して見ていた。
「だって…つい四、五日前でしょ?結ちゃんに仕事紹介したの…」
「結ちゃん?…あぁ!この兄さんと一緒にいる可愛い子ちゃんか!」
「えー…やっだぁ…小松屋さん…可愛い子ちゃんって…まぁ確かに可愛い子ちゃんなんだけどね♪」
あはは〜と暢気な笑い声を上げる二人を見かねて、薬売りは割って入った。
『あの。…結は確かに小松屋さんに仕事を紹介された、と言ってましたが』
「ほぇ?誰かと間違ってるんじゃないのか〜?」
首を傾げる小松屋をみて、薬売りと絹江は顔を見合わせた。
「小松屋さん、本当に忘れてるだけなんじゃないの?確か…そう、裏通りのお家よ?」
「裏通り〜…?いやぁ…」
『牡丹の花の手入れだとか』
小松屋は眉間に皺を寄せると、ぽんっと手を打った。
「そう言えば、あの辺に牡丹の見事な家が一軒あったのぉ!」
その一言を聞いて絹江はホッと息を吐いた。
「そこの奥方がまた別嬪でのぉ〜。さすがと言うかなんと言うか」
「ちょっと!そんな事どうだっていいのよ!」
『女将…』
憤る絹江を、薬売りが宥める。
しかしそんな二人を尻目に、小松屋はデレっとしながら続けた。
「やっぱり本場島原でお職についていた女郎は、雰囲気からして違うからの〜」
『…!!』
その一言に薬売りの顔色が変わる。
『…元女郎、ですか』
「そうじゃそうじゃ!請け出しされてこっちに来たって話じゃぞ」
薬売りはギュッと退魔の剣を握ると、弾かれたように外に飛び出した。
「あ…!薬売りさん…!」
「絹ちゃん、ワシにもお茶くれんかね」
「五月蝿い!!」
「なんと!」
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