第五章
└五
小さな宴会がやっとお開きになり、庄造が部屋に入ったのを見届けると薬売りは自分の部屋に戻った。
そっと襖を開けると、暗闇の中、小さな影が見える。
『…結…?』
近づくと、布団も敷かずに畳みの上で結が寝息を立てていた。
小さく体を丸め、自分の着物の袂をキュッと握っている。
『…………』
覗き込んで見れば、あどけない寝顔はまだ涙で濡れていた。
薬売りは、何だか胸が痛むような罪悪感に襲われながら、涙の跡をそっと指で撫でた。
…怖がらせてしまったか。
過保護なのはわかってる。
でも、自分の目に見えない範囲に結が行ってしまうのが、たまらなく不安なのだ。
(…最近は特に)
まだはっきりとしない不安がある。
はっきりしないだけに、まだ結には言ってないが…
薬売りは結の頭をゆるゆると撫で付けた。
柔らかい黒い髪が、薬売りの手の平を優しく滑っていく。
薬売りは結の隣に、静かに横たわった。
『……目の届かないところに…行きたがらないでください…』
目の前の結の寝顔に、そっと呟く。
…あの日、偶然に出会ってこの手を差し出した。
そして、何も迷わずに自分の手を取ったこの娘を。
庄造が言ったように、その日の外の世界の出来事も天気さえも知ることも無いくらいに、閉じ込めておきたい。
『…ふっ…』
自分に呆れながら笑みを漏らす。
『それじゃ…まるで廓の女郎じゃないですか、ね』
小さく呟くと、そっと結を抱き寄せた。
「…ん…」
結が薬売りの胸元に顔を埋めると、そこからポッと温もりが伝わってくる。
そして、結の小さな手がギュッと自分の着物を握った。
『……っ』
薬売りは少しだけ泣きそうになる気持ちを抱きながら、その温もりに縋るように目を閉じた。
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