第五章
└三
薬売りさんが去った部屋。
私は一人座り込んだままでいた。
薬売りさんのあの視線が、あの冷えきった声音が。
自分の横を通り抜けたときの、空気の動きが。
襖が閉まる音が…
「………っ」
何度も繰り返し、私を責める。
…私は、ただ、一人前になりたかった。
誰かに貢ぐためでも、今の生活に不満があるわけでもない。
ましてや、薬売りさんを怒らせるつもりも無かった。
「だ、だって…」
でも、このままじゃ、いつまでも私は"飼い猫"のまんまで。
そんな風に扱われるのも、思われるのも悲しくて。
ちょっと働いただけでは一人前になれっこないんだけど。
それでも…
「…っう…ひっく…」
私のつまらない自尊心が、薬売りさんをあんなに怒らせてしまうなんて、思いもしなかった。
意固地になって突っぱねた結果、とうとう呆れられてしまった。
「…っうぅ…ふ…っ」
ぽたぽたと落ちた涙が、着物に染みていく。
薬売りさんは、私を心配してくれていたのはわかってる。
でも。
「…っく…う…」
―薬売りさんに、少しでいいから認められたいんです―
言えないまま飲み込んだ言葉を吐き出せずに、私は畳みに突っ伏して声を殺して泣いた。
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