番外章(三)
└三
「弥勒くんは結ちゃんのこと、大好きなのね」
「当たり前だろー!結のこと大好きだぞ!」
「あはは!本当素直で可愛いわ!薬売りさんもこうだったら良いのに…」
絹江はブツブツと薬売りへの不満を零す。
「薬売りは意地悪するからなー」
「まぁ…好きって気持ちを素直に表現できない人もいるのよ」
溜め息混じりに笑う絹江。
弥勒はますます訳がわからないと言ったように、眉を顰めた。
「…ところで薬売りさんってさ。何で結ちゃんには敬語なのかしらね?」
「あーそういえばそうだなー。てゆーか俺に対して失礼すぎなんだ!」
「それは明らかに見下され…」
「ん?」
絹江はわざとらしい咳払いをすると、弥勒に耳打ちするように続けた。
「あれさ…緊張してるんじゃない?」
耳を傾けながら、弥勒は明らかに納得できない表情を浮かべる。
「女将何言ってるんだよ。薬売りは結に意地悪するんだぞ?」
「うん?そうね」
「緊張するような相手に意地悪するわけ無いだろー」
当然と言わんばかりに、鼻息荒く弥勒が反論した。
「ま、まぁそうでしょうけど…でも好きだからこそってある………ん?」
絹江は、ふと何かに思い当たる。
「………まさか…」
絹江は訝しげにじっと弥勒を見た。
「…弥勒くん、結ちゃんを好きって、どんな種類の"好き"?」
「はぁ?好きに種類なんて無いだろ」
「あ、いや…ほら、結ちゃんと恋仲になりたいとかさ…」
「???」
黒曜石のようなくりくりした瞳を丸くする弥勒を見て、絹江は盛大に溜め息を吐いた。
「やっぱり…」
「何だよ、女将ー」
これで絹江は確信した。
弥勒の言っている"好き"は、恋愛感情のそれではなく…
「…弥勒くん、私の事も好き?」
「おう!もちろん好きだぞ!」
「あぁ……」
にこにこと答える弥勒を見て、絹江は頭を抱えた。
(…この子の好きってそういう事…)
結をどうにかしたいとか、結とどうなりたいとかそう言うのでは無く。
まるで犬猫が懐くように、幼い兄弟が戯れるように、ただただ好きなのだ。
「…まぁ…その方が安心というか何というか…」
「えー?何が?」
どこまでも素直で純粋な弥勒。
絹江は毒気を抜かれたように、ふっと笑う。
「あんた本当、可愛いわ!」
「はー?」
「もうね、何て言うのかな…可愛いと馬鹿と可哀相がぐるっと一周回り回って、馬鹿可愛い」
「何だよ〜褒めたってもう洗濯は手伝わないぞ〜」
「え、ちょ…褒めてな………まぁ、いいか…」
絹江はもう冷めてしまった甘酒をグッと飲み干した。
「あれー、弥勒くん?」
「あ、結!」
其処に現れた結に、弥勒は嬉しそうに走り寄った。
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