ひとりじょうず | ナノ




番外章(三)
   └四




二、弥勒



「弥勒くん、絹江さんのお手伝い?」

「おう!」



俺が元気よく答えると、女将も声を掛ける。



「本当助かったわ!ありがとうね、弥勒くん。あとは干すだけだからもう良いわよ」

「やった!」

「あ、じゃあ絹江さん、私も一緒に干しますよ」



縁側から下りようとする結を、女将が止めた。




「いいのよ、結ちゃん!それより薬売りさんは?」

「あー…もう出かけちゃいました」



少し寂しそうな笑顔を浮かべる結。




「あら、また?忙しいのねぇ」

「本当…。私も手伝える事があればいいんですけど…」

「んもー、健気!…まぁ帰ってきたらおいしいお酒差し入れするから!お酌でもしてあげな」




そんな二人の会話を、俺はぼーっとしながら眺めていた。




…最近の結はよく笑う。

出会った頃の結は、笑うとしても泣き笑いだった。




(…よかったなぁ…)



ほこほこと温かい気持ちを感じながら、自然と笑顔が浮かんでいた。




「ね、弥勒くん!お散歩でも行かない?」

「おう!」



結の突然の誘いに俺は頷くと、元気一杯に飛び上がった。






二人でゆったりと町を歩く。


さすが商売が盛んな町。

日の高い内はどこもかしこもワイワイと賑わっていた。



「あ!結!饅頭食べよう、饅頭!」

「えー、さっきご飯食べたばかりじゃない…!」

「いいからいいから!」



俺に腕を引かれて、結は困ったように笑った。



薬売りから渡されていた小遣いで、二人分の饅頭を買う。

まだ出来立ての熱さを残した饅頭を手に、二人は川沿いの土手に向かった。




「結、寒くないか?」

「うん、風は冷たいけど日差しがあるとあったかい」



結は割った饅頭から上る湯気に目を細めた。




「………」



俺はその横顔をじっと見ていた。




…あの町で最後に結を見たとき。

薬売りに連れられて家を去る姿だった。



咄嗟に浮かんだのは薬売りに対する人攫い疑惑。



でも、次に浮かんだのは…



(…これであの家から逃げ出せる…)



紛れも無い安心だった。


例え、深い事情や結の身に起きた事を理解できていなくても。

赤く染まる結の着物を見ても…



それが結のためならば、もう彼女の涙を見なくて済むのなら…



それでも不安は拭いきれなくて、ずっと結を探していた。

もう泣いてほしくないから。




「…弥勒くん?」



結の声に、ハッと我に返った。



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