番外章(三)
└二
「ところでさ」
予想以上に捗った洗濯が一段落した頃。
縁側で弥勒に温かい甘酒を振る舞いながら、絹江が問いかけた。
「弥勒くんと結ちゃんって、いつから知り合いなの?」
「んーー…1〜2年くらい前かなぁ」
「へぇ。ね、結ちゃんってどんな子だった?」
弥勒は、ずずっと甘酒をすすりながら、困ったように少し考え込んだ。
絹江はその様子を見て、ハッとして言葉を付け加えた。
「あ、ごめんね、違うのよ。過去を知りたいって訳じゃなくて。…今みたいに素直で純粋だったのかなって、ちょっと思っただけ」
「あぁ!そう言うことか!もちろん可愛かったぞ!」
弥勒は安心したように、にこにこっと笑顔を浮かべた。
「でも俺が結と出会った頃は、結は泣き虫だったなー」
「え?泣き虫?」
「うん、いつも泣きながら町の見下ろせる丘の木に来てた」
そう言うと、弥勒は視線を落とした。
「…その頃の俺は、結を慰めたり話を聞いたり出来なくて…泣いてる結を、励ましたくて必死だった」
「…そう…」
しゅんと落ち込んだ弥勒を見て、絹江はちょっと心が痛む。
(可哀相な質問しちゃったかな…)
絹江は弥勒の頭をそっと撫でると、優しく微笑んだ。
「…あんたは本当に優しい子だね」
弥勒は照れくさそうに顔を俯ける。
でも、絹江はそれをからかおうとはしなかった。
少し見えた横顔が、たぶん…泣いていたから。
「大丈夫よ、いつも泣いてたって、兄弟喧嘩でもしたのかも知れないじゃない?」
「うん…」
鼻の詰まった声で弥勒が答える。
…本当は、弥勒も絹江もそうではない気がしていた。
少なくとも、弥勒は確実に。
結はもう兄弟喧嘩で泣くような歳ではない。
それに、弥勒の記憶にあるのは、いつでも無表情のまま涙を流す結だったから…
結の身に、記憶を無くしたくなるほどの"何か"があったのか確かで。
それに触れたくないのは、二人の間で流れる暗黙の了解だった。
「…でも、今の俺は違うから!」
「うん?そうなの?」
弥勒はグッと顔を拭うと、絹江に向かってニカッと白い歯を見せた。
「俺、結を守りたくてずっと探してたんだ!今ならきっと結を笑顔に出来るぞ!」
自信満々に言う弥勒を、絹江は思わずぐりぐりと撫でた。
「うわ、女将!何するんだよー!」
「いいじゃない!あんた本当に優しくて可愛いわ!」
ぐちゃぐちゃになった黒髪を直しながら、弥勒は意味がわからないという表情。
「あはは!整えた所で大して直ってないわよ!」
「誰のせいだよー」
「あはは、ごめんごめん」
絹江は微笑みながら弥勒を見た。
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