パウリー






「こンの…ハレンチ女がッ!」

 スカートの丈が短すぎるだの、薄着すぎるだの、パウリーという男は女性の服装に対する口出しが多い。顔を真っ赤に染め上げ怒鳴る様子はガレーラカンパニーでは度々見られる光景であった。ハレンチ女と言われた当の本人、アイスバーグの秘書であるカリファはセクハラですよとサラリと言葉を躱す。
 それを遠目から観察をする作業員ーーーー名前はその光景を羨ましそうに眺めていた。
 ・

「いいなあ…」

 ぼそりと独り言を溢す。作業はとうに上の空。名前はこの会社の作業員である。そんな名前にはひとつ、細やかな願望を抱いていた。どこでどう性癖を踏み外したのか、一番ドッグの先輩、パウリーに「ハレンチ女」と怒鳴られることである。全くもって自分自身でも理解不能だと思うが、あの相手を目を釣り上げて睨むも余裕のない双眸や蒸気した頬、震えた怒鳴り声を一心に浴びたいといつしか願うようになっていった。

 しかし私はひとつ問題を抱えている。私は仕事でもプライベートでも作業着のような格好をしている所謂芋女なのだ。ほとんど男と変わらない女など、パウリーの目に止まることはない。ハレンチ女と呼ばれるには、あのギリギリの短いスカートや胸をはだけさせた際どいトップスを着る必要があるのだ。自分の羞恥心の戦い。そんな防御力の低い服たちを抵抗なく着られれば芋女など最初からやっていないのだ。それに、美人秘書のようなスタイル抜群ではない平凡な体を見せたってハレンチだと言われる以前に見苦しいと思われてしまうだろう。

「名前?どうかしたか」
「!……パウリーさん」

 我に返り一呼吸置いてからなんでもないです、と口にするとパウリーは不思議そうに眉を顰めた。「まあ、何かあったら遠慮すんなよ」とニッと笑い背を向けた。この人は普段気難しそうな表情をしているが、職場の人間のことを気にかけてくれている。そんな所の彼が好きで、同時に心に鬱積されていく。独占欲、と呼ぶに相応しい感情が胸裏を支配する。彼の言葉を投げかけられるあの一瞬によってそれが晴れるだろうと結論にたどり着いたのだ。
 …思案を巡らせ決意した。名前、ひと肌脱ぎます!

 ・

「お疲れ様です、パウリーさん」
「お、おま、お前その格好どうしたんだ…?!」

 時刻は日も落ち始める夕暮れ時。同僚達も作業を終え、それぞれが帰路につく。仕事以外で特に接点がない私は職場でしかパウリーさんに会うことができない。だが現場仕事の職場で露出度の高い服を着て行けば、ハレンチ女だと言われる前に拳骨を落とされるだろうと考えたので、終業時間と共に作業服を脱ぎ捨て勝負服(といってもチキンな私は普通の女の子が着るようなひらひらスカートにノースリーブといった服が精一杯であった)を着込み自宅に帰るであろうパウリー先輩の前に躍り出るという我ながら強気な作戦に出た。

「あー…えっとですね…ちょっと用事がありまして」
「…」

 流石に本人を前にして正直に言えるわけが無いので適当にその場限りの嘘をつく。恥ずかしさで伏目になり、肝心の相手の表情を見ることができない。早く、早く言ってくれ。ハレンチ女だと!私はそれで満たされる気がするのだ。

「どこに行くんだ。そ、そんなハ…レンチな格好して…」
「は」

 ノルマ達成…とは言えず勢いが足りないのでもう一度お願いしたい。羞恥心をかき消すように逃避していれば唐突に腕を掴まれて思わずぱっと弾かれたように逸らしていた視線を上げた。船大工という職業だけあって骨張った、八金角盤のように広く大きい腕の感触があった。あの熱の篭った視線。しかし眉尻を下げて、焦燥に駆られたような表情をしている。

「ぱ、パウリーさ」
「好きだ」

 …なんて?

 唐突な告白に告げられた言葉の意味を飲み込むことができずに頭の中でぐるぐると反芻する。だからそんな格好で、頼むからうろつかないでくれとボソリと呟く彼にいよいよ理解の範疇を超えてしまった。

 つまりパウリーさんは私のことを好いていて、価値観が古臭くウブな彼は普段こんな格好をしない私が攻めた服装をしているので手遅れになる前に勢いで告白した…といったところか妥当であるが…え?

 閑話休題。

 予想外の展開にこちらもつい思惑を白状してしまい、今すぐ穴があったら入りたい衝動を抑えつける。皮膚が熱を持つ。説明すればするほどパウリーさんの顔が首の付け根まで朱を注いだように真っ赤にするのがなんだか面白くて、「でも、見てくださいよ これ 私、頑張ったんですよ」とちらりと裾の短いスカートを上げた。普段はこんなことできないが、今なら出来る気がするのだ。

 私を女性カウントしていいのか戸惑いはあったが、女性慣れしていないパウリーさんはキャパオーバーを迎えたらしく、わかりやすく肩を振るわせ、スカートをギリギリまで捲り上げる私の指を乱暴に掴み叫んだ。

「この…ッは、ハレンチ女がッ!!」


 

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