ミスタ






 
 例えば私が本当のことを言ってしまったなら、ミスタは受け入れてくれるはずがないという確信があった。
 一目惚れだった。ギャングになって、ブチャラティのチームに配属されたとき。一瞬にして恋に落ちた。今思えば周囲にも好意がバレバレだったと思う。惚れた相手の事を知りたいと思うのは当然の欲求で、好きな食べ物から嫌いなものまで根掘り葉掘り聞いて回った。ミスタもまんざらではないような様子だったので両想いになるのにそう時間はかかることは無く、順調に付き合いを進めていた。
 しかし、私はミスタとの関係を続けるために一つだけ、嘘をつき続ける必要がある。それは自分の誕生日が4月4日だということ。異常なまでに「4」を嫌うミスタにとって私の誕生日は悪魔の日付である。いくら好意を寄せる相手だろうがなんだろうが、構わずこれまでの関係が無かったかのように切り捨てるだろうというのは火を見るより明らかであった。たかが「4」、されど「4」。ミスタにとって「4」とは不吉を意味する為、死活問題になりうる数字だった。
 ミスタには自分と全く関係ない日を誕生日だと偽っている。ギャングという殺伐とした世界なので、いち下っ端の記念日なんぞ重要視されないのが救いだった。嘘をつく罪悪感はあれど、それよりも私が本当のことを打ち明けたとして、それでもミスタが隣にいてくれる想像が出来ないことに対しての恐怖が大きかった。
 
「よ、名前!今日誕生日だったよな?おめでとさん」
「あ…そうか。…ありがとミスタ!すごくうれしい!」
 
 声を掛けられ振り向けば、そこには花束を持った恋人が立っていた。少し照れくさそうに、まー、花束なんてガラじゃねえけどよォ…と頭を掻きながら言うミスタに私はぎこちなく頬を緩めた。
 そういえば今日が仮の誕生日だったか。「4」とは全く関係ない日付に変え、こうして平穏な日々を送れていることに安堵を覚えると同時に、この瞬間は特に胸に抱えている恐怖心が一層肥大化しているように感じた。
 
「ところでよ、勘違いだったらいいんだが」
「何?」
「なんつーの、今みたいな、たまに浮かねえ顔してる時無え?なんか悩み事とかあったり…」
「いや…、大丈夫、ないよ」
「うーん、ま! ならいいんけどォ…なんかあったらすぐ言えよな!俺が支えてやっから!」
 
 名前ちゃんのことが大好きなカレシなんだから、茶化すようにそう言ってミスタは大きい掌でガシガシと頭を揺らすようにに私の頭を撫でた。「支えてやるから」という言葉を反芻し深く考えることをやめる。そんなことを気軽に言えるのは真実を知らない証拠で、まだ恋人関係を続けられるということだ。ギャングをやっている以上、他人の挙動に目敏くなってしまうのは職業柄仕方のない事だろう。一瞬の表情の差に気づくとは、普段飄々と生きているように見えるミスタも中々油断できないものがある。そんなことを考えながら、それにしても祝ったり心配したり、コロコロと変わる彼の表情は見ていてやはり好きだな、と思った。だからこそ、本当のことをを打ち明けるつもりはこれまでもこの先も、未来永劫無い。
 
「ミスタ」
「ン、」
「誕生日、祝ってくれてありがとう。私、本当にミスタのことが好き。…これからもよろしくね」
 
 一瞬面食らったように片眉を上げたミスタは直ぐにあたりめえよ、とにやりと笑った。

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