若島津健






 勢い良く肩を掴まれた。急いで走ってきたらしく呼吸は乱れ髪はボサボサ。お世辞にも格好いいとは言えない、焦ったような泣きそうな…そんな情けない表情をした若島津が眼前に飛び出してきた。
 「名前、好きだ。他の奴とくっつくなんてやっぱり嫌だ」



 時は遡って数日前。少女漫画で何度か目にしたシチュエーション。そこそこ仲の良い男子から校舎裏に呼び出された。予想していた通り、告白される。どこか他人事のように思えた。恋愛経験は私には皆無で、どうしていいかわからずに返事は保留、幼馴染である若島津に相談した。

 「いいんじゃないか、別に」

 放課後。サッカーの試合で公欠だった日に出されたプリントを解く若島津にバッサリと切り捨てられる。タイミングが悪かったようで機嫌が悪く、ぶっきらぼうに答えられた。俺に関係ない、興味ないといいたげな表情で、こちらには目もくれない。筆圧が強く、ガリガリという鉛筆の音だけが教室に響く。そんなに強いと紙、破けるよ、と呟いてもチラと一瞥するだけで無視される。そんな若島津の態度や返答に不満を抱き、形容し難いモヤモヤが心の中を支配した。

 「そっか。じゃあ、……付き合ってみようかな。」

 ピタリ。あ、手が止まった、と思ったのは一瞬だけで、すぐにまた若島津はプリントに回答を書き込み始めた。

 「そんなことを言いに来ただけなのか。だったらもう帰れよ」
 「……わかったよ。じゃ、帰る。またね」

 自分が今さっき座っていた、若島津の前の席の椅子を正面に戻す。学生鞄と携帯電話を手に持ち教室を出た。



 話は現在に戻る。あれから考えて、やっぱり私は例の男子とは付き合えないと結論を出した。向こうは本気なのに、こっちは中途半端な気持ちでしか答えられなかったから。それに、彼より若島津の顔が先に思い浮かんで頭から離れなくなってしまう。ごめんね、と伝えるために相手のクラスへ顔を出そうと教室を出た。そこから数秒後の出来事が話の冒頭に繋がる。

 「ちょっと落ち着いて」
 「落ち着いてられるか!」

 普段の若島津には珍しい、サッカーをする時のような前のめりな反応で返された。予想外の状況に目を白黒させて、金魚のように口をパクパクさせることしかできない。その隙に自分の力では到底振りほどけないであろう力でぎゅっと手を握られる。周りの視線が痛い。野次馬根性で覗き見してる奴、あとで覚えてろよ。

 「若島津…あのさ。私、あの人とやっぱり付き合わないことにしたから」
 「えっ」
 「でね、考えたんだけど……多分私も若島津のこと好きだと思うんだ。さっき告白されてすごく嬉しかった」

 だからさ、これからもよろしくね、と続ける。感情がぐちゃぐちゃになった様子が面白くてつい顔が綻んでしまう。ポカンとした表情で数秒たっぷり間が空いたあと、言葉の意味をようやく飲み込んだ若島津は今まで見たことがない程に顔を真っ赤に染めていった。かと思えば次の瞬間に私より一回りも二回りも大きい体で抱きしめられる。胸板をこれでもかというほど押し付けられた。昔から嗅ぎなれていたはずの若島津の香りにドギマギして体が硬まって動けなくなる。心臓がバクバクうるさくて鳴り止みそうになかった。

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