新堂誠






 私には悩みの種がある。最近、というよりずっと前から、常に共に行動している人がいる。元来一人でいるのが好きな方の私にとってはそろそろ我慢の限界だった。相手は一つ学年が上の新堂先輩。先輩との関係は結論から言うと恋仲、というやつだ。数ヶ月前だったかあまり覚えてないが、勢いに負けて交際を始めてしまったことは明確に覚えていた。

 そんな新堂先輩は少しの暇を見つけては私の教室にやってくる。異常な程ついて回ってくるのだ。それだけではない。登下校はもちろんのこと、休日にも私の家へやってきては、何をするでもなくただ隣に座る。冒頭で話したが、私は一人でいるのが好きだ。しかし、新堂先輩と付き合い始めてからめっきり一人の時間が減ってしまった。程よい距離感なら付き合えたが、こういつもいつも隣に居座られては私にとって、もはや害だ。別れ話をさっさと切り出したいものの、新堂先輩は少しばかり強面なので臆病な私には別れ話をする勇気はない。そこで極力彼の視界に入らず、コソコソと隠れて自然消滅を狙う作戦に出ることにした。





 そう思って早三日。私は真っ先に後悔することになる。あんなことしなければ良かったと今になって気づいたのだ。目の前には怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも笑っているのかわからない、なんとも言えない表情の新堂先輩。恐ろしくて、新堂先輩の真っ黒な目を見ることができなくて視線を地面に落とす。逃げられないようにする為か、私の肩を先輩の角張った腕で痛い程に掴まれている。ギシギシという骨の軋む音が聞こえてしまいそうな程に。痛みのあまり、顔を顰めて身動ぎしてもビクとも動かない。

 「なあ、なんで避けるんだ?俺のこと嫌いになったのか?なんで?俺何かしたか?」
 「し、新堂先輩…痛いです…」
 「痛いのは俺も同じだよ。なんだ?何か言いたいことでもあるのか?それとも誰かになんか言われた?…どいつだ?」

見たこともない不安定な様子の新堂先輩に、下手な言い逃れは通用しないだろうと悟った。これは正直に言うしかない。声に出そうと、喉から言葉を絞り出す。もう別れたいと、自分が思っていたより遥かに小さく掠れ、震えた声で言葉にした。

 新堂先輩は私の告白が耳に届いたのか、肩に込められていた力が抜けた。解放されても尚掴まれている感覚が残る。じんじんと肩が痛んだ。新堂先輩の顔を見るのが怖くてずっと俯いているので表情がわからない。長い沈黙が降りる。後は相手が首を縦に降るのみ。こうも直接言われれば、流石に諦めるだろうと考えていた。

 「…は?いやそれ、嘘だろ?いや、嘘だな。俺には分かるぞ、絶対に嘘だ。エイプリルフールのつもりか?もう五月だぞ、お前は馬鹿だなあ!」

 なあんだ、嘘か。今日をエイプリルフールと間違えるなんて本当にお前はかわいいな、と。よしよしと子供をあやすように頭を撫でられる。予想だにしなかった返答に思わず顔を勢いよく上げた。目線が合う。表情こそいつも通りの笑顔だが、目は全く笑っていなかった。浅く呼吸をした。唐突にぎゅっと抱きしめられる。ふわりと自分のものではない香りが鼻孔を擽り、少しばかりの不快感と大きな恐怖心を覚えた。早く、早く逃げなければ。

 「好きだぜ、ずっと一緒にいような。」

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