太宰治

朝、目を覚ますと世界から人が消えていた。
聞こえてくるのは風の音と虫の音と、自分が動いた時の音、それだけだ。
家を出て、探偵社への道を歩いていく時も人は見なかった。
…多分、これは予想だが、全人類が消えてしまったのかもしれない。
しかし、例え全人類が消えたとしても絶対に消えて欲しくない人間が世界にたった1人だけいる。

名前だ。

名前は私が初めて心から大切にしたいと思えた人間だ。
小さい頃からの許嫁とかそういうのではないけれど私は名前の事がとても好きだ。
…昨日は私の家の前で別れたなぁ
…いつもの帰り道。
名前と一緒に帰り、暇な時だけどちらかの家へ寄って、夕飯を食べたり、泊まったりする。
…昨日まであった、ごく普通の出来事だ。
名前は大丈夫だろうか。
取り敢えず名前の家へ行ってみることにする。
*****
…一人暮らしにしては大きい、普通の一軒家だ。
もう何度も来ているので見慣れてしまった。
ドアノブを回すと…なんと開いた。
鍵の閉め忘れ…?
「名前…?」
リビング、キッチン、名前の部屋。すべて見たけれど愛する恋人は見つからなかった。
家を出て、次はどこへ向かおうかと考えた。
名前が消えた可能性…?
そんなことある訳がない。
口うるさい国木田くんが消えても、最近入った敦くんや鏡花ちゃんが消えても。社長や、乱歩さん。大っ嫌いな中也や、その他の味方や、敵が消えてしまったとしても。
名前だけは消えないに決まっている。
名前が私を残して何処かへ行く、なんてことをする筈がない。

…ほら。

そこには探偵社の窓からボーッと外を眺める名前がいた。
「どうしたのだい、名前。そんなに窓に近づくと落ちてしまうよ」
名前を後ろから抱きしめる。
絶対に消えない、と信じていたはずなのに本当に消えていない事が嬉しくて、安心して、私は少し泣きそうになってしまった。
名前は振り向くと、太宰さん、と私の名前を呼んだ。
…少し目が腫れている。
名前の事だから消えた皆を思って泣いたのだろう。
…私だけのために涙を流してくれればいいのに。
「…ねぇ名前。君は全人類が消えてしまったと思うかい?」
名前は困ったように少し考えるそぶりを見せると小さく頷いた。
「…君は、他の皆が消えてしまって悲しい?」
我ながらなんて性格の悪い質問だろう。
…でも私は期待していた。
名前なら______
…ほら?その通りだ。
「太宰さんが居てくれるならいい」
とそう言ってくれると思っていたよ?

…なんだろう、今のは。
今のこの満足感。
君が私だけを見ている。そしてこれからも私だけしか見ない。
そうなればどんなにいいだろうと幾度と考えた。

…そうか。

「…ね、名前、聞いてくれる?
…この世界はね、…私が望んだものかもしれない」

そうだ、私は、君と二人しかいない世界を望んでいたんだ。

名前は私を見上げたまま、そうですか、と微笑んだ。

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