「お願い、この通り」
「本屋さんなら付き合うよ」
「それも行く」
「じゃあそこだけ一緒に行く」
上原とは去年から同じクラスで、なんでか分からないけれど仲良くなってしまった。上原はせっかく男前なのにガサツで下品で、あんまりモテない。そこが男からしたら好感が持てるといった感じで、友達は多いのだけど。
「カラオケも付き合ってよ」
「練習なら一人でしなよ」
顔だけ見たら本当にモテそうなのに。残念だ。俺がこの顔だったらもっとそれを生かせるのに、とそこまで思うほど上原は残念だ。頭は悪いし見た目に似合わずめちゃくちゃ音痴だし。
「嶋岡ー、二組のやつが呼んでるぞ」
なかなか諦めるそぶりを見せない上原の向こうから名前を呼ばれ視線を向けると、隣のクラスで同じ委員会の男子生徒がいた。何となく察してその場で「いいよー」と言うと、俺の予想が的中したらしく「いつも悪いな、ありがと」と返ってきた。
当番代わって、だ。いや正確に言うと、“代わりにやっといて”だ。交代ではない。これで三度目。別に嫌ではないが、今からこの調子では彼のこの先が心配だ。
「と、いうわけで。上原くん」
「……」
「ごめんね」
「もー、シマちゃんそればっかじゃん」
「俺もあんまりカラオケ得意じゃない」
「俺よりはうまいじゃん」
「それは知ってる」
「ひどい!!」
結局、なんだかんだと言っているうちに昼休みは終わってしまった。午後の授業をやり過ごして放課後になると、上原はぺたぺたと俺のあとについて図書室にやってきた。
「俺も本読もーっと」
「静かにしててよ」
なんで俺のことなんか構うのか分からないけれど、俺も上原のことは好いている。頭は悪いし下品だけど、友達であることに不満はない。
「シマ何読むの」
「これ」
昼休み机の中にしまい込んだ本の返却手続きをして本棚に戻し、その隣にあった本を適当に上原へ翳した。それをカウンターに置いて、返却された本の山を抱える。順番に本棚に戻していくこの作業は、三年目ともなればかなりスムーズであっという間に終わってしまった。
「……俺はこっちの歴史漫画読むね」
小学生の頃、本棚の端から端までを読んでやろうと思っていた。絵本から小難しい歴史物からファンタジーまで、何でも読みたくて。結論から言えば、無理だったのだけど。六年間では足りなかったのだ。それでもその頃たくさんの本を読んだことは今も良かったと思っていて。
日常生活で便利になることも、将来絶対的に役に立つことでなくても。俺は文字の世界を自分の頭の中で鮮やかに、描いたり想像したりした。綺麗な言葉や面白い言い回しに夢中になったし、どこまでも広がる世界を、とても誇らしく思っていたのだ。
馬鹿にしていた、たいして絵の綺麗じゃない絵本の内容の深さに感銘を受けたり、面白い面白いと言われていたファンタジーを安っぽく感じたり。
「……なにを、いわんと…す?あ、ん?たも、ゆ」
「上原うるさい」
「だってこれ漫画なのに読めない」
どうして読めないのか、それは簡単だ。上原が昔の言い回しを分かっていないから読みづらく、そして理解しようとしていないから意味が分からないのだ。
「……」
「……誰も来ないね」
「…」
「シマー」
「暇なら帰りなよ」
「シマと帰る」
なんでと言おうと思って顔をあげたら、予想に反して上原はじっと本を眺めていた。どういうつもりなのか知らないけど、放課後の図書室なんてのはこんなもので、かなり暇だ。それを暇だと言われても困るし、嫌ならさっさと帰ればいいのに。
上原が開けた窓から春の風が緩やかに入ってきて、一瞬目眩がした。その時目に入った青い空には雲が一つもなくて。それを快晴と呼ぶのか、けれど俺にはとても寂しいもののように見えたのを、よく覚えている。
「シマ─」
がらり、上原の声を遮ったドアの開く音。俺はゆっくり視線をそちらへ向け、ついていた頬杖を外した。
「あ、」
「あれ、嶋岡?」
開いたドアに手を掛けていたのは、ブレザーを脱いで紺色のカーディガンを羽織った高瀬だった。
「今日嶋岡だったっけ」
「あ、ううん。代わった」
「また?」
「無理矢理じゃないから気にしないで。もしかして当番の子に何か用だった?」
「あー、まあ。でもいいや」
一歩、中へ入った高瀬はその時ようやく上原の存在に気づいたらしく、小さく「おお」と漏らした。確かに、自分達図書委員以外の生徒がテスト前でもないのにここにいるのは珍しい。
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