Tiger x Lotus | ナノ


003 


夢を見る。何度も。何度も、同じ夢を。

虎が、知らない女の子の手を引いて僕の前を歩く夢だ。たまに振り返る女の子は、長くてさらさらの髪を揺らして勝ち誇ったように微笑む。見覚えのないその顔は、夢から覚めると忘れてしまう。なのに、夢の中では「また、あの子」と思う。微笑んだあと、彼女は視線を虎に向け、甘えたように首を傾けて虎の腕を引く。虎がその子を見る。面倒くさそうに「なに」と口が動く。にこりと微笑む彼女が「好き」と呟くと、虎の薄い唇がゆっくり、ゆっくり、“俺もだよ”と動く。
とても、穏やかな顔をして、小さく小さく微笑むその横顔を、呆然と見つめている夢だ。歩いていたはずの足が動かなくなって、二人の背中が遠ざかる。もう、見えなくなってしまう、というところで虎が僕を振り返り、じっと見つめたあと、もう一度彼女に腕を引かれて前を向く。僕は手を伸ばして虎の名前を呼ぶのに、その声は虎には届かなくて、虎はいなくなってしまう。

そこで目が覚める。

「蓮、今日顔色悪いぞ」

「そう?」

「なんかあった?」

「ううん、ない。けど…変な夢は見た、かも」

「蓮でもそういうことあるんだ」

「あはは、そりゃあるよ」

だから平気だよ、と言いながら、夢の一部がフラッシュバックする。虎が、誰かに笑いかける。あり得ないと決めつけても、自信なんてどこにもない。僕を好きだと言って、それでも僕の言葉を信じない虎。僕を縛り付ける虎に、それでも僕は“縛られている”とは思っていない。だから逃げることも拒否することもしない。それが虎を余計に傷つける結果になったとしても、だ。
だから、虎が僕を突き放したとしても僕には虎を引き留める術がない、遠ざかる背中に、声をかけることさえ出来ない。

「まあ、あんま無理すんなよ。ほら、虎ももうサボってるし。いつの間に教室出てったんだかな」

「ほんとだ、居ないね」

「お楽しみだろ、どうせ」

「そう、だね…」

触れれば触れるほど、僕は虎に深い傷を負わせているのかもしれない。本当は抱き締めたいのに、どうしても出来ない。好きだと伝えれば「蓮はそういう人間だから」と思わせる。それは自分が悪い。本当に好きな人にだけ好きだと言っていれば…いや、違う、それだけじゃない。僕は虎に甘えているんだ。僕を好きだと言ってくれる限り、僕を縛り付けておいてくれる、と。

「あ、そう言えばさ、蓮五組の遠藤さんに告白されたらしいじゃん」

「……うん」

「どうせ断ったんだろうけど、一応聞くわ。オッケーした?」

「してないよ」

「だよな。知ってるけどさ」

つまんねーのと言って笑った友人に苦笑いを返し、トイレに行くと教室を出た。
僕は“お楽しみ”でないだろうと、屋上へ向かう。階段を上がり、屋上へ出るドアが見えると同時にそこに腰かける虎がいた。何処に居るとか何をしているとか、勘で分かってしまうのは幼馴染みとして過ごしてきた時間の賜物だ。
ゆらり、前髪を揺らして顔をあげた虎は珍しく本を読んでいて、僕を視覚で捉えると「なに」という目をした。立ち止まった僕は呼吸を整えて、少し唇を湿らせて、声を発した。

「虎」

大丈夫。まだ、声は出る。
教室に戻ろうと続けた声も、しっかり虎に届いた。腰をあげた虎がけだるげに長い足で階段をおりてくる。僕の前で一度立ち止まった虎は、僕の耳元にキスをして、耳たぶに噛み付いて、歩き出した。
好きだ、一瞬触れた虎の熱が、夢の感覚を呼び覚ました。途端、喉を締め付けられたような気がして、もう一度名前を呼ぶことは出来なかった。

“虎”

いつか、堂々と、その名前を呼び止めて好きだと言える日が、来るのだろうか。


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