Tiger x Lotus | ナノ


002 


蓮の口から「フラれちゃったんだ」と聞いたときは、不謹慎にも飛び上がりそうになるほど嬉しかった。どうしたって終らせられない恋だった。

「僕には向いてないのかも」

誰かと付き合うこと、誰か一人を幸せにすること、誰かの一番をもらうこと、自分の一番をあげること。俺たちはそんな難しいことなど考えていないのに。好きだ、付き合おう、付き合っているんだからキスくらい、セックスくらい、大人になれば将来の話をして、そうやって段々難しくなっていくはずなのに。蓮は最初からそれを考えて、相手を傷つけないことを考えて、でも彼女一人だけを特別にすることはやっぱり出来なかった。

なんでもそつなくこなし、勉強も運動も平均以上、人に囲まれて誰からも好かれ、家の事もきちんと自分でやり、欠点など一つもない蓮の、唯一不安定な部分。俺はそれを喜んで、じゃあ、蓮の隣に“特別”な誰かが現れることはやっぱりないのだと、安堵した。
誰も蓮の特別にならない。なれない、それでいい。自分を見てくれと思いながら、俺は蓮が誰のことも好きにならないようずっと願っていた。

でも、俺も所詮ただの人間で、蓮が他の誰かに笑いかければ面白くないしその場から蓮を連れ去りたい。一緒に居た時間はそこそこ長く、片思いしていた時間も長い。それなのに、蓮のことを諦められないと気付いてから汚いことを考え始めてから、蓮を傷つけることになるのに時間はかからなかった。

「とら、いた、…い、」

血が出ていた。
痛い苦しいと、切れ切れに、途中で何度も言うのをやめて、それでも俺の耳にはしっかり聞こえていた。

蓮を、めちゃくちゃに汚して、泣かせて、こんなことがしたいわけじゃなかったのに、俺は…

「好きだよ、蓮」

たったその一言を伝えきれずに何度も蓮を抱いて、後に引けないほどのめり込んで、ああ、どうして蓮しか好きになれないのだろうと絶望した。

例えばあの夏の日、クーラーの効いた部屋で、俺が蓮の言葉をちゃんと聞いていれば。逆ギレしないで、喧嘩になってでも蓮の気持ちをきちんと聞いていれば…蓮の一番をもらえる人間なんて居ないんだと決めつけていた俺は、それが欲しいと願いながら、渡される可能性など微塵もないと決めつけていたから。

蓮が、俺を傷つけない為に、唯一の幼馴染みで、仲の良い友人を失わない為に、「僕も好きだ」なんて答えたのだと、信じて疑わなかった。

その時の自分に戻れるなら、会えるなら、無理矢理蓮の体を暴いたその手を縛ってでも止めるだろう。今、隣で、俺の事を「何よりも大事だよ」と泣きそうな顔で微笑む蓮を、見せてやりたい。
情けないことに、蓮を傷つけ続けた数ヶ月は今でも大きな溝のままだ。それがあるからよりいっそう蓮を大切にできているのも、埋まらないその溝が手を離してはいけないと教えてくれているのも事実。一度地獄を見た分、もう絶対に同じことは繰り返さないと戒めになっているのも、全て。

俺はたった一つ、なりたかったものになれた。欲しかったものをもらった。その日から世界は色を変えた。蓮に、それを一つずつ伝えていけたらいい。この先、死ぬまで隣に居ると決めたのだから、ゆっくり、全てを、重ねていけたらいい。


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