01
「蓮さ、彼女でもできた?」
「え?」
それを聞かれたのは後期中間テストを終えて、終業式も終わり、それぞれにクリスマスを過ごした後のこと。年を越して、正月騒ぎが落ち着いた頃、誘われてクラスメイトの家に行った。
「いや、なんかさ…ちょっと変わった気がして」
「それ俺も思った」
その日はちょうどバイトが年末年始の休みの期間で、あと数日冬休みを残す日だった。
僕のバイト先は市民図書館だ。基本的には掃除や整頓をするだけで、雑用係も同然なのだけど…それでも本に囲まれて、いろんな本にも出会える素敵な場所だと思っている。
「そうかな」
「んー、なんていうか…」
「色っぽくなった」
「そうそう」
「で、どうなわけ?」
図書館は28日から1月の5日まで休館になる。虎は少し離れた場所にある喫茶店でバイトをしていて、今日もバイト。だから今ここに虎はいない。
虎のバイト先も、本がたくさんある場所だ。カウンターと入口のある壁以外は床から天井までの本棚で、ぎっしり本が収められている。虎がバイトの日は、遊びにいって一日中そこで本を読んでいることもある。今日もそうしようと思った矢先のことだった。
「うーん…」
虎との関係は、まだ誰にもカミングアウトしていなかった。僕らはお互いに同性愛者なわけではない。けれど、それなら男同士なんて、と言われるかもしれない。僕はもう虎以外は考えられなくて。
「好きな人はいるよ」
「えー!!ほんと?誰誰誰」
「内緒」
「だろうな〜。蓮真面目だもんな」
「ほんとほんと。広まったら蓮のファンが黙ってないから」
「ファンって…」
大袈裟なことを言わないでと笑ったつもりだったのに、それは簡単にスルーされてしまった。
「ふーん、そうかあ。蓮に彼女かあ…」
「や、だから…」
別に隠す必要はない。でも、言えない。
「だって蓮をふる女子なんていないだろ」
「湯井の言うとおり。蓮はさ、モテるんだから自覚しなよ」
「そうそう。虎といるとアイツの存在感に圧倒されるけど…蓮の性格イケメンには男でもくらっとくるからな」
そうなのだ、虎は誰もを振り返らせるような、美貌の持ち主。長身に広い肩に、垂れ流しの色気。ただ、目つきの悪さと愛想の無さで、人を寄せ付けようとしない。頑張って近づいてもまるで相手にしない。だから近づこうとするのはセックスを目的にした女の子だけだった。
「性格イケメン?僕が?」
「なに、そこも自覚ないわけ?嫌な奴だな」
「蓮は生粋の博愛主義者だからね」
ケラケラと笑う二人を前に、あまりうれしくない言葉に口を噤む。そのせいで虎を傷つけ、気持ちも伝えられなかったんだ。博愛主義、とは聞こえは悪くないけれど、僕個人としては痛い。
「蓮は誰にでも優しいし、頼りになるし、まー驚くくらい笑った顔が可愛いしな」
「だよなー。合コンで人集める時も蓮の名前絶対出されるし。虎も出るけど、アイツはさんざん注目集めといてさっさと帰るから厄介だよな」
他愛のない会話だ。きっと二人には何でもない話。僕も、虎と幼馴染のままだったら、こんなに変な動悸を感じることもないのだろう。言えないから余計に、こんな風にドキドキするのかもしれない。
『ヴーヴー…』
「あ、ごめん。電話だ」
「おっ噂の彼女か」
「違うよ」
“彼女”ではないと思う。どちらかといえば、彼氏、だ。いや、どちらかと言わなくても「虎」と表示された画面に、少しだけ頬が緩むのを感じながら、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「何処?」
「ふふ、何、突然。湯井の家だよ」
「…あ、そう」
バイト、終わったのかな。
確かにそろそろ6時だ。あの喫茶店は7時で閉まる。虎がその時間まで残るのは週末だけだし、今日はもう上がって帰ってきたのだろう。
「どうしたの」
「別に」
可愛い、と思ってしまった自分は重症かもしれない。
「帰るよ、そろそろ。お腹すいてるんでしょ」
「んん」
虎は甘えたさんだ。本当は自分で何でもできるはずなのに、僕に頼りっきりで。でもそれを億劫に感じたことはないし、いまさら何でも自分でされては逆に僕が焦ってしまう。
「ごめん、僕そろそろ帰るね」
「え、夜ご飯、食べに行かねえのか」
「うん、ごめん。また誘って」
「はーい。気を付けてね」
湯井の家を出て、僕は寒空の下全力で自転車をこいだ。別に焦らなくとも、虎には会えるのに。頭の隅でそう思いながら、家に入れば虎の大きな靴が脱ぎ捨てられていた。ほら。合鍵だって持ってるんだから。
「虎」
名前を呼べば、すぐにその姿は現れる。
「バイトお疲れ様。何食べたい?」
もう一度言う。虎は甘えん坊だ。でもそれは、僕の前でだけ。
「ちょ、虎」
『ちゅっ』なんて可愛い音をたてながら、虎は唇を重ねた。そしてすぐに、ぎゅっと抱きしめ、首元に顔を埋めた。僕にしか、こんな可愛いことはしない。
「虎」
喫茶店独特の、コーヒーの匂い。それから少しの煙草臭さと、古本の匂い。
黒い髪を撫でながら、僕は思うのだった。
「すごく、愛しい」と
(伝わっているのかな)
(僕のこの気持ちは君に)
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