06
「ぁ、い…」
余裕なさげに僕を見下ろす虎の背には、見慣れない天井が広がっている。濡れたままだった体は乾き、けれど代わりに掌や額には汗が滲む。
「ふ…ん、ぅ」
「痛くないか」
痛くない、大丈夫だと答えるのは、もう何度目だろう。“抱いてもいい?”なんて真顔で聞かれたのにも驚いたと言うのに。虎はいつだって怖いくらいに優しく僕を抱くのに、今日はそれよりも優しく、そしてとても大事そうに壊れ物を扱うみたいに僕に触れるのだ。
「ん。大丈、ぶ、」
虎がくれた誕生日プレゼントを満喫して、その興奮や熱はまだ冷めていない。
充分に慣らされた僕の後孔から指を抜いた虎は、慣らすために鞄から出してきた潤滑液を、再びたっぷりとその手に落とした。そしてゆっくりと、熱くなった虎が宛がわれる。
「っ…」
少しだけ入ったところで、虎の顔が僕の耳元へ埋められた。熱い息が不規則に乱れ、けれど僕の中に入ってくる虎のペースは同じ。
「っん、はぁ…っ」
「きついか?」
どうして今日はそんなに優しいの。
いつも思う優しすぎて怖い、を通りすぎるほどに。
「うう、ん…」
枕を掴んでいた手を剥がされ、虎は自分の背中へ回すよう促す。馴染んだその優しさが、僕の苦しさを共有しようとしてくれる優しさが、どうして今こんなにも胸に響くのだろう。
爪を立てたくないから回せない腕を、虎は躊躇いなく誘導する。
「虎…」
綺麗に筋肉のついた腕に抱き締められ、僕も回した腕に力を込めた。傷はつけたくないから、出来るだけ手を握って。
「動くぞ」
「ん、」
熱い。
繋がれたところが熱くて、火傷しそうで、でもそれを離さないのは僕の方。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響く中、必死になって虎の声や息づかいを追った。背中を擦るシーツの感触がいつもと違う。そんななんでもないことにまで気持ちが高ぶっていく。
もうこれ以上はないはずなのに、どんどん膨らんでいくのが怖い。
「あ、…ふぅ……んっ」
「蓮、れ…ん」
爪を立てないようにしていたのに、そんな理性さえ飛んでしまっていつの間にか縋る様に虎にしがみついた。けれど僕のものを扱く虎の手を押し、なんとか理性の端を掴もうとするけれどダメで。
「ん、んぁ…虎、待って…」
イきそう、と続くはずだった声は掠れ、代わりに虎の動きが少しだけ緩やかになる。
「痛い?」
「あ、ちが…も、イきそ…だから、もっとゆっくり…」
「出せばいい」
自分の涙で滲む視界で、虎が不思議そうに微笑むのがわかった。僕のものは今どちらも触っていないのに、弾けそうになっている。でも出せず、反りたったそれは虎のお腹に擦れて、とろりと先走りを溢す。
「っ、とらっ…い、しょ……に」
羞恥に顔が熱くなり、きっと虎には情けない顔がしっかり見えているんだろうと思って、更に恥ずかしくなった。口にした言葉は本心だけど、何故そんなことを言ってしまったのか。女々しいと思われただろうか。ひかれていないだろうか。自分でもわからないのだ。
「…んで、そんな可愛いこと…」
「ひっ、あ」
そんな思考を遮るように、虎は最奥まで一気に突き上げた。仰け反る背中を抑えることが出来ないまま、律動が再開された。
閉じることさえ忘れ、だらしなく開いた口から、自分のものとは思えない嬌声が出ていく。でも男のものでしかないそれ。抑えれば抑えるほど虎に咎められ、自ら抑えようとする意識が薄れてしまう。萎えてしまわないだろうか。嫌じゃないだろうか。
ああ、やっぱり今日はおかしい。どうしてこんなに不安なんだろう。でも同じくらい幸せだ。変だ。そんな考えも曖昧に薄れ、与えられる快楽に身を委ねた。
「っ、とら…も、ぃ…く、」
扱かれてなどいないのに押し寄せてくる絶頂。確かにすぐそこまできている、でも…
「ん、俺も」
どうしよう、なんだろう、これ。
「っあ…ふ、ぅ…」
虎のものが中でピクリピクリと跳ねた。避妊具を付けているから熱さが広がることはなく。ただその痙攣に僕も同調していた。
「…蓮?」
「はぁ、んぁ……っ」
虎を締め付けているのが自分でも分かり、でも消えない射精感に下半身が震える。同時に頭の中が真っ白になり、びりびりと麻痺していくみたいだった。
「と、ら…なに、や…こわ、」
虎の視線が僕の目から、下半身へと移る。そして驚いたようにそこを凝視し、はにかんだ。
「……そんなに良かった?」
なかなか痙攣のおさまらないそこに触れられ、びくりと足が跳ねた。自分もそこを見やり、状況を理解した。長引く快感と、虎の驚きの理由。
「…これ、」
なにも吐き出されていない。垂れた先走りと潤滑油が腿を濡らすだけで、腹部は汚れていない。
中だけで達してしまったのだ。射精を伴わないそれだ。
考えられなかったことが起きてしまった。始めは気持ちよさなんてなかったのに…虎が居なければ知ることのなかった自分の一番感じるところ。男同士のセックス。痛みと苦しさの中で確実にそれは生まれ、育ってしまった。
「蓮」
ずるりと僕から出ていった虎は、ゴムを外してその入り口を器用に結んでベッド横のゴミ箱へ落とした。それから降ってきた口付けを受け止め、もう一度その背に縋る。
汗ばんだ肌が気持ち悪い。でも、心地よくもある。肌と肌が触れ合っている所為で心臓の音が伝わっているかもしれない。なかなか落ち着いてくれないそれを、虎は聞いているだろうか。
「ん、っぁ…虎?」
軽く舌を絡め、すぐに離れた唇。真っ直ぐに見据えられ、また心臓がうるささを増す。
「愛してる、蓮」
「っ、」
「そんな言葉じゃ、足りないくらい」
「僕、も…」
そんな言葉じゃ埋められない。
全然足りないけれど、僕らにはその言葉しか見つからないから。
「蓮」
蓮の好きな曲、お気に入りの歌詞
二人きりの世界が続くこと祈りながら
また一つ増えた蓮との思い出が
こんなにも愛しいなんて、
「もう一回、していい?」
僕は虎に溺れていると思っていた。実際溺れていた。けれど、それじゃ足りないんだ。同じところまで落ちないと、同じところまで、沈まないと。
「僕も、したい」
prev next
←