Tiger x Lotus | ナノ

04 

「と、言うわけで、ついに夏休みです。えー、くれぐれも!ハメを外し過ぎないように、学校から呼び出されないように。飲酒喫煙深夜徘徊喧嘩、ついでに近所迷惑もしないように」

梅雨が明け、季節は本格的に夏へと移り変わった。目の眩む様な太陽の光が地面を照りつけ、じりじりと僕らを焼いていく。全校生徒と教師が密集した体育館の暑さに比べたら、今のこの教室ははるかに涼しく開放的だ。終業式を終えた僕らは生駒先生からの最後の忠告を聞いた。

「それからー、登校日は休まないように。休んだら後日呼び出しです。はい、じゃあ風邪、怪我等には充分気を付けるように、解散!」

先生が言い終えるより先に、ガタガタと椅子の動く音が響いた。呆れ顔の生駒先生を横目に、クラスメイト達は口々に別れの言葉を残していく。僕も立ち上がり、持って帰らなければならない宿題や教科書でパンパンに膨らんだ鞄を肩にかけた。

そして同じような鞄を持って僕に歩み寄ってくる虎に言う。

「帰ろっか」

午前で学校が終わる今日、それぞれ昼を食べに向かっていくクラスメイトと、午後からの部活に向かうクラスメイト。僕らはそれの波を掻き分けて、二人で電車に乗って帰った。夏休みと言う実感はなく、けれどこの暑さの中、学校に通うのは無理だと思う。夏休みという制度に感謝して、空を一瞬だけ仰いだ。

「虎、準備できたの?」

「出来てる」

「え、本当に?」

明日の朝から僕らは初めての二人きりの旅行に行ってくる。というのは変な話で、目的はずっと行きたいと思っていた夏フェスだ。そのチケットや日帰りでは行けないからとホテルをとってプレゼントしてくれたのは虎。僕の誕生日に、だ。

それがついに明日にまで迫り、高ぶる気持ちを隠しきれない僕は準備をすでに済ませている。忘れ物もないはず。たった一泊二日だけど、今の僕らに一泊二日の二人きりの旅行というのは結構大きい。

「着替えがあればいいだろ」

「うん」

虎が準備してくれている。単純に嬉しかった。
僕は上機嫌で昼食を作り、食べた後は持ち帰った荷物を整理した。その後しばらく着る予定のない制服をクリーニング屋に持っていき、再び足早に家に戻った。

珍しく扇風機だけで昼寝をする虎の隣に寝転がり、気持ち良さそうに聞こえてくる寝息に自分の呼吸を合わせた。早く明日になって、なんて子供じみた事を考えながら。

緩やかに上下する肩に触れると、その振動が心地よくて目を閉じてしまった。こういう時…こんな子供みたいな虎の姿を見たとき…僕はたまに少し昔のことを思い出す。ずっと一緒にいて、中学生になって、本当に多くの時間を虎と過ごした。どの友達よりも、家族よりも、遥かに長く、僕は虎と過ごしてきた。もちろんそれは今もだけれど。
そんな虎の変化に気づけなかった自分を、思い出すのだ。

こうして穏やかに眠る彼を見て、ああ、虎はなにも変わっていない、と思い込んで。何処か変だ、なんとなく避けられている、そんな気付きを、この幼さで塗り替えていた。そして、安堵するのだ。

「んん…」

彼の気持ちを知らないまま、いつしか僕の中に芽生える特別な感情に気づくまで。僕はそれを繰り返した。

意外と深い眠りなのか、虎はもぞもぞと体勢を変え、けれど睫毛は揺れない。僕の手は肩から彼の頬へと移動していて、荒れた様子のないそこを撫でた。

これは奇跡みたいなことなのかもしれない。こんなにも愛し合える相手に出会えたこと、傍に居られること、家族より近い存在でいられること、全てが。運命か必然かなんてどっちでもいいし、結果隣にいるならそれを考えることもしない。ああ、もしかしたら、僕らが当然にしてしまうから試されることがあるのだろうか。傷つけてみたり確かめてみたり。

下ろした瞼の中で、僕は鮮明に残る記憶を再生した。不機嫌な時しか分からないような、常に無表情な虎の、泣きそうな目や、苦しくなるくらいの微笑み、それから僕を見る優しい目。

僕だけが知る、虎。

艶やかな黒髪は傷みを知らないような柔らかさで、そろそろ切ってあげないとな、と気づいた。美容室は嫌らしく、というか他人に触られるのが好きでない彼にとって、それも当然のように拒否する。だから髪を切るのは僕の役目だ。
ああ、でも、もう少しだけ先伸ばしにしようか。もうすぐ花火大会だから、浴衣を着て髪を結う彼も見たい。背が高く体つきもしっかりしている虎に、その格好はよく似合っているから。チャラつきや威圧的な雰囲気のない、それが。

目を閉じて浮かぶ、凛とした虎の姿まで愛しくなった。暖かく、ふわふわとした感覚に、睡魔に襲われているのだと気づく。僕も少し眠ろう、少しだけ。
夜寝られなくなってしまったら嫌だと思いながらも、まぶたの重さには勝てなかった。

そのまま体を擦り寄せ、考えるのをやめた。本当に、早く明日になって、とだけ祈って。

もう悲しい夢は、見たくない
虎も、どうか見ませんように
どうか、どんなに小さな悲しみも
虎に与えられませんように


夏。
僕らの関係が変わって、もうすぐ一年が経つ。

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