08
「虎が僕にすること…僕も、したい」
シャツを脱がせ、そして自身も脱ぎ、丁寧にキスと愛撫を繰り返す。他人に触れられることはあまり好きじゃなく、今までそういう行為でさえ必要最低限しか触らなかった。そして触らせなかった。蓮にしか唇を許したことがないように、自身を触らせることを許したのも蓮だけだ。だから、それを蓮が口に入れた時は鳥肌がたった。
恥ずかしいことに、蓮からのキスや愛撫だけでそこは反応しすぐに質量が増した。初めてされたそれは、気を失うんじゃないかと思うほど気持ちよかった。だから、蓮の顔面に精液を吐き出してしまって焦った。ゾッとしたのだ、蓮を汚してしまった、と。
慌てて蓮の顔を拭けば、蓮はごくりと喉を動かした。
「馬鹿、」
蓮を自分の足の上に跨がらせ、そのまま少し後退して胡座をかく。目の前には蓮の鎖骨。その少し上には、痛々しい痣が残されている。血の滲んだ形跡、あの男がつけたものだ。キスマークといい、これといい、蓮を好きだと言いながらこんな風に傷付けたことは許せなかった。
自分の事を棚にあげてそんなことを俺は思ってしまった。
「虎?」
「…アイツに、何された?」
「え、あ…」
昨中庭で昼を食べると出ていった蓮は、廊下の窓から見えたそこにはいなくて。天気が悪かったからどこか別の場所で食べたんだろうと思った。そして今日も外には居なかった。
いつも戻ってくる時間になっても教室に現れない蓮に嫌な予感がして、俺はすぐに席をたった。何処に居るかなんて検討もつかなかったくせに、気づいたら教室を飛び出してたのだ。
「……キス、された」
「…そうか、他には」
「何も…噛みつかれた、だけ」
本当に、見つけられたのは奇跡だったと思う。素通りしようとしたドアの向こうから聞こえた僅かな物音、それに反応して開けただけだったから。
服を脱がされズボンを寛げられ、身体中触られてキスされて噛みつかれて、アザが出来るほど手首を握った。見つけた瞬間は存外、冷静だった。頭がヒヤリと冷たくなったのかもしれない。涙で濡れた蓮に、全ての思考が停止したのも事実で、それでもすぐに手を出さなかったことには自分でも驚いた。
目の前で悲しげに目を伏せた蓮を、抱き締め直し、噛まれたと言うそこに唇を押し当てる。キスをして、舌で撫でて、「ちゅっ」と音をたてて顔を離す。ピクリと跳ねた体を宥めるように背中を撫でれば、俺の肩口に顔を埋めた。
「蓮。顔、見せて」
「っ、…」
躊躇ったあと、おずおずと視線を合わせにきた蓮は、少し怯えたような目で俺を見つめた。
「キス、してくれねぇの」
「……」
キスをされたと口にして、幾瀬にされたことを思い出したのだろうか。怖かったんだろうか。その瞬間のことは俺には分からない。分からないけれど、しっかりと目を見てくれることに安心した。
「…嫌じゃない?」
「ん?」
「……他の人と、したから…」
さっき自分からしたくせに、心の中でそう言い返してから頷けば、目を閉じてと言われた。確かに、言われてみれば嫌な気がする。でもそれ以上に、早く自分で塗り替えてしまいたいと思った。瞼を下ろし、少しの沈黙の後唇が重ねられた。欲望を出したはずの下半身が疼き、また硬くなりそうだと思うのとほぼ同時に、蓮の腰がそもぞと動く。それに気づいて手を滑らせれば、やっぱり止められてしまった。
「…また、蓮がしてくれんの」
頬を紅潮させてこくりと頷いた蓮は、俺の首から手をはずし自分のベルトに手をかけた。蓮が自ら服を剥ぐ姿にどうしようもなく興奮する自分に心底呆れてしまった。結局、どんな姿にも欲情してしまうんだ、と。もちろん、蓮だけに。
「っ、見ないで…」
やんわりと勃ち上がったそれを隠すように握り込んだ蓮は、そっと俺のものにも触れた。両手で二人のものを包み込み、躊躇うように扱く。赤い顔を俯かせる姿と、ぎこちない手付きに煽られて、再び硬く、そして、熱くなる。
「ふ、……ぅ、ん…」
気を抜いたらすぐにイッてしまいそうで、気を紛らす為にキスをねだった。顎をあげて顔を覗き込めば、潤んだ瞳が俺の意図を受け入れるように揺れた。不安定な体を支えてやり、必死に舌を絡めてくる蓮に自分の舌を委ねれば、もう限界が近いと言うように口を離され、甘く熱い吐息を己の顔で感じながら、目を閉じた。
「ん…虎、とら…きもち、い…?」
「は、…んん。気持ちいいよ。……蓮、前だけで、イケるか?」
「っ、だいじょ、ぶ…」
自分で後ろを解す、なんて光景も見てみたいと思ったことは黙っておこう。
「ん、ん…んぁ……は、もぁ、い……く」
「ん、俺も…」
お互いのものが熱を共有するように、先走りでさえも絡み合って離れたくないと主張している。このまま一つになってしまえたらいいのに。蓮を抱く腕に力を込め、もうすぐそこまできている絶頂を押し込めることなく迎えた。
「っ、あ…んぅ……」
「は、ぁ…は、」
蓮の手から二人分の精液が溢れた。パンツもズボンも汚れてしまっただろうけど、今はどうでもいい。まだ余韻に浸っていたくて、ビクビクと震える蓮の太股を撫でた。そこで、足の付け根に赤い痕を残されたことを思い出した。俺がいつも蓮にすること。それを、蓮も俺にした。それだけで、また勃ちそうになって、すぐに考えるのをやめた。
「あ…虎」
僅かに汗ばんだ体が離れ、何かを思い出したように蓮は口を開いた。
「どうした」
「夢…気絶してる間、夢を見たんだ」
「夢?」
体を拭くのが先じゃないかと言いそうになる口を噤み、続きを促す。
「うん。忘れてたんだけど…今、思い出した」
「何?」
「…夏祭りの夢」
夏祭り…そういえば、蓮に拒絶された時俺も見た。町内の小さな花火大会の夢。妙にリアルで、夢だなんて思わなかった。
「たぶん、中学三年の時の。…虎とはぐれて、どうしようと思ってる夢」
そんなことがあっただろうかと一瞬考えて、すぐにああ、と頷いた。確かにはぐれた事があった。俺が携帯を忘れてしまって、連絡も取れなかったんだ。
「結局、虎が見つけてくれたんだよ。名前を呼ばれて、虎だ、って思って振り返ったら、目が覚めた。長い時間、窮屈な浴衣を来て人混みを歩てた夢だったよ」
あの時は蓮を探すのに必死だった。手にしていた林檎飴を放り投げて探した。ああ、今日も同じ、俺は蓮を必死に探した。そして見つけた。
「…また、虎が見つけてくれた」
ふわりと微笑んだ蓮は、そのまま柔らかい唇を俺の唇に押し当てた。見つけるよ、何処に居てもなんて気障な台詞が頭を過った。口にはしなかったけれど、蓮は嬉しそうに目を細めてくれた。
俺が見た夢の話もした方がいいだろうか。幸せな、けれど最後はとてもなく悲しかったあの夢。触れようとした唇が空を切った夢の終わりを。
今、蓮に触れられるのだからもういいか。もう、離さなければいいのだから。
明日、幾瀬くんと話すね
え?大丈夫だよ謝りたいんだ
根っからのお人好しは、きっと一生直らない。
俺は苦労する人を選んだらしい。そう、こんな苛々や独占欲が消える日はないのだ。
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