07
泣き続ける幾瀬くんに背を向けて、僕らはそのまま早退した。肌蹴た制服を虎に直され、噛みつかれ血の滲んだ首には自分でハンカチを当てて、荷物は虎に持ってきてもらって、家路についた。
虎は何も言わなくて、けれど僕を労るように肩を支えてくれていた。何も言えないのは自分も同じ。それが凄く情けなくて、僕より幾分か上にある顔を見上げた。
「…虎」
ゆるりとおりてきた視線。何を考えているんだろうと思いながら、小さな声で「ごめん」と呟くと虎は少し怒ったように眉を寄せた。
「何に謝ってんだよ」
「……ごめん」
「ごめんじゃなくて、今は、」
「ごめん、なさい…」
「謝るのは蓮じゃないだろ」
ガタガタと、震えの止まらない肩を虎の手が優しく擦ってくれる。それにまた涙が溢れ、虎に伝えたい言葉が声にならなくなってしまった。
虎が自信を持てない理由は良くわかっている。幾瀬くんに対してあまり言い返さなかった、もしかしたら言い返せなかったかもしれない、その理由を。僕の性格もそうだけど、それよりも、僕がちゃんと虎に言っていないからダメなんだ。
「虎、聞いて、欲しいことが、あって、」
「なに?」
「僕が自分の気持ちに気づいたのは、虎よりずっと遅かったけど、でも、虎が初めて告白してくれた時より前から、虎が好きだった。虎は…幾瀬くんの言葉を、自信を持って否定できなかったんだよね…」
「それは違う、」
「待って、聞いて…」
黒い瞳が僅かに揺れた。
「中学の頃、付き合ってた子がいたのは、虎も知ってるでしょ?好きだったよ、その子の事。でも、振られたとき…驚くほど何ともなかったんだ。むしろ、それまでなんとなく僕に対して冷たくなってた虎が、また前みたいに笑いかけてくれようになって…それが嬉しいって思った」
考えてみれば、虎にしてみれば好きな人に恋人が出来たのだ。距離を置きたかったのかもしれない。僕に対しての気持ちを誤魔化すために、体だけの関係を持つようになったのだから。
「不謹慎だよね…でも、本当にそう思った。ああ、僕は恋人より、友達を、虎を、大事にしたいんだなって。だからそのあと、告白されてもずっと断ってた。…でもね、一度だけ、抱いてほしいって子を、そうしたら諦めるからって言われるままに…」
抱いた、それを虎は知っているんだろうか。あの時の子は、きっと誰にも言っていないだろう。だから、虎は知らないはず。
軽蔑、するだろうか。
ぐっと息をのんで目を伏せれば、虎の大きな手が頬を撫でてくれた。続けて、と言うように。
「…その時ね、思った。やっぱりこういうことは、好きな人としかしたくないって。そう思い始めたら、毎日違う匂いを漂わせて帰ってくる虎が、すごく嫌になった。誰とでもそういうことをする虎が…」
それでやっと、ああ、僕は虎が好きなんだって、気づいた。虎がたった一人、大切な人だけを愛していたならそれでいい。幼馴染みとしての心配なんてものはとっくに越えてた。でも簡単には認められなくて。誰でも良いなら、僕じゃダメなのかと考えたことは少なくない。
「好きで、好きで、でも言えなくて。どうしようって悩んでたら、虎が好きだって言ってくれた」
幾瀬くんに触れられた場所が、まだじんじんする。それは虎に触られるのとは全然違う、あるのは嫌悪だけ。それでもいくらか落ち着いて、声の震えは止まっていた。その声に、「虎、好きだよ」と、精一杯の気持ちを込めた。
「……俺は蓮より」
「同じだよ。僕だって虎のこと、本当は独り占めしたい。虎が僕にしたいと思ってることは、僕も虎に対して思ってる。虎が僕を好きでいてくれるのに負けないくらい、僕も虎が好きだよ」
虎が僕に言う、“閉じ込めたい”“ずっと繋がっていたい”そんなことは僕だって思っているんだ。
「蓮」と、温度の低い指が唇をなぞり、ゆっくりと、顔が近づいてきた。鼻と鼻が触れ合って、僕はすごくドキドキして、なんとかその胸を押した。
「っ、?」
「いや、じゃない?」
「は?」
「キス、された、けど…いく─」
「馬鹿、今他の男の名前出すな」
「あ、ごめ…」
「謝るのもダメ」
「じゃあ」
「キスして。蓮から」
顔が熱い。でも、触れたい。虎が僕に触れるように、するように、僕だってしたい。
促されるまま虎をベッドに座らせ、足の間に立って肩に手を置く。それから腰を屈めてゆっくりゆっくり、触れるか触れないかくらいのキスを時間をかけて落とした。
「ちゅ、く…」
「……脱がせてくれねえの」
試すでも、挑発するでもなく、虎が言った。
手が震える。緊張で。
ネクタイを緩め、ほどき、ボタンを外すけれど指に熱が集中して上手く外せなかった。でも虎はそんな僕の指をじっと見下ろすだけで、露になっていくのを傍観しているだけだ。
厚い胸板、綺麗に筋肉が付いて引き締まった腹筋。これを、僕が晒している…その状況だけで、どうしようもなく興奮した。
「……蓮は?」
「え?」
やっと虎のシャツを脱がせ、ほっと息をついたのも束の間、虎の手が僕のネクタイを掴んだ。
「あ……、と…自分で、脱ぐ……」
どうしよう…いつもは虎に脱がされてしまう服を、自ら剥ぐなんて…虎にされるがまま、脱げていく感覚はあってもこんな羞恥はない。見られてる、熱い、どうしよう、その言葉が頭の中を支配する。
「そんなに、見ないで」
「無理」
ぐっと引き寄せられ、肌と肌が触れ合い、キスをねだるように見上げられてしまえば、もうだめで。
「と、ら…」
口に、頬に、耳に、そして首筋を辿って、形のいい喉仏を舌で撫で、鎖骨に歯をたてた。
「っ、蓮」
「ん、」
硬い。分かっていることだけど。でも、萎えないのは、冷めないのは、やっぱり好きだからで。全然弾力のない胸を舌で押し潰しせば、一瞬強張る虎の体。
胸元に吸い付いてから、鳩尾へ、そして臍を舌で抉って、ベルトに手を掛けた。膝を付いて、虎の股間に顔を近づけて。
「……硬く、なってる……」
ズボンの上からでも分かる程、そこは熱を主張していた。感じてくれたことが嬉しくてそっと撫でる。それからスラックスのファスナーを下ろして前を寛げれば、触ることを咎める様に虎の手が僕の目を隠した。
「……虎?」
「もう、いい」
「でも、」
「蓮、いいから」
開けた視界、虎は本当にもういいという顔で僕を見下ろしていた。でも、今ここでやめるなんて出来ない。
数えるほどしか触ったことのない虎の自身を下着から出し、優しく握り込む。驚いたようにピクリと動いた足の付け根に顔を埋めて、虎がするように唇を押し当てて吸い上げたものの、硬くて上手に痕はつかなかった。
質量を増したそこを、口でしてあげたい、そう思うのに…勇気がでない。嫌だからじゃない。僕はこれを虎にしかされたことがないから、虎以外を知らないから、その快楽に溺れてしまうけれど…虎は違うだろうから。
初めての僕と、今までしたくれた女の子とを比べられたら、と。躊躇してしまった。でも、それでも…と顔を寄せて虎の、制止を振り切る。
「ふ、ぅ」
先から裏筋へ舌を滑らせ、歯が当たらないようにそれを口内へ押し込む。触ったことだってほとんどないのに、口でなんてどうしたらいいのか分からない。それでも出来るだけ口に入れて、舌で愛撫しながら入り切らない竿を手で扱く。
「ぢゅ、…んぐ…」
「蓮…ほんとに、もう…いいから。…離せ」
額を押されて、虎のものが口から出てしまった。どんどん熱く、そして大きくなるそれは、ぴくぴくと苦しそうで。
「ごめ…気持ち、良くない……よね」
「馬鹿、そうじゃない。もう、限界。蓮の口に出したくないから、…ん…離せ」
「ん、ぅ………あっ」
もう一度それを口に押し込み、次に引き剥がされた時、火傷するんじゃないかというくらい熱いものが、口内に広がった。青生臭いそれは苦くて、不味くて、それでも、嫌悪は全くなかった。
「悪いっ…早く…」
虎に顔を拭われて、そのまま抱き上げられてしまった。
「何、飲んでんだよ」
「とら…も、飲むから」
虎の上に跨がるように座らされ、痛いくらいに抱き締められた。
「くる、し…」
「俺は、こんなに近づいても、まだ足りない」
「ん、僕も…」
その言葉ごと僕を食べるように、虎はキスをした。苦しくて、幸せで、痛くて、愛しくて、切なくて、暖かくて。
溶かされる、解かされる、
幾瀬君と同じことを、僕も思ってる
虎に対して、異常なまでの執着だ。
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