Tiger x Lotus | ナノ

02 

「蓮さん」

桜は散り、日差しも少しだけ強くなり、なんとなく落ち着きのなかった学校も穏やかになり、生活に慣れた後輩ともほんのちょっと話すようになった頃。開け放された窓から見上げる空は真っ青で、どこまでも透き通っていた。じんわりと汗で湿った体操着の袖を捲り、剥き出しになった肩で太陽の熱を感じながら、声の聞こえた方へと視線を向けた。

「幾瀬くん」

「こんにちは、蓮さん」

そこにいたのは、ここ数週間で仲良くなった彼。図書室やバイト先だけでなく、こうして校内ですれ違えば声をかけてくれるようになった。

「お昼、外で食べるの?」

ランチバックを片手に、自販機の前で佇む幾瀬くんに問えば、彼は「はい」と柔らかく微笑んでくれた。

「天気がいいので…あ、あの、良かったら一緒に食べませんか」

確かに、室内に居るには勿体無いような天気。
遠慮がちに誘ってくれた彼に微笑んでから頷いた。「着替えてから行くね」と。

「はい。あ…中庭のベンチで、待ってます」

「うん」

幾瀬くんに背を向けてから教室へ向かい、体操着から制服へと着替える。それから鞄から二人分のお弁当と水筒を引っ張りだし、既に着替えを終えた虎と数人の友人の元へ足を向けた。

「おー、蓮さっきの後輩と弁当食うの?」

紺色の布で包んだお弁当箱を虎の前に置きながらその声に頷く。もちろん、問うたのは虎ではない。虎は「ありがとう」お弁当を受け取り、頷いた僕を見つめてきた。

「ついに男にまでモテだしたか〜」

「ええ?そういうのじゃないよ」

「蓮が気づいてないだけかもじゃん」

「そうだぜ、気を付けろよ〜。虎に弁当作ってやってる場合じゃないかもよ〜」

ちゃかすようにいってらっしゃいと手を振る彼ら。虎は無言のままだった。少しだけ拗ねたように見えるのは、きっと気のせいかもしれない。そうだったら嬉しいけど、なんて思いながら教室を出た。

「あ、蓮さん」

中庭に置かれた幾つかのベンチのうち、幾瀬くんは一番日当たりのいい場所に腰かけていた。僕は歩く早さをあげて、隣に腰を下ろした。

「ごめんね、待たせちゃって」

「いえ、大丈夫です」

にこにこ答えてくれる彼に、教室でのちゃかしを思い出した。

「……、どうかしましたか?」

いや、やっぱりそんなことはあり得ない。趣味が合うと言う理由で仲良くなれただけ。本当に、それだけだ。

「ううん。食べよう」

虎と色違いの包みを開き、膝の上で自作のそれを広げれば、「手作りですか」と問われる。

「うん」

「僕も、自分で作ってるんです」

「そうなんだ、偉いね」

「蓮さんもじゃないですか」

僕のことを唯一“蓮さん”と呼ぶ彼。

「僕はついでだから」

「家族の分も、作ってるんですか」

「父さんも母さんも忙しい人だからね。それに、虎…幼馴染みの分もだから」

「……愛嬌先輩、ですか」

話の流れで無意識に出てしまった虎の名前だったけれど、幾瀬くんには伝わったようだった。

「他人の分まで作るなんて…すごいですね」

「そうかな」

「もしかして、作るよう強要されてる、とか…?」

「…ふふ、そんなわけないよ。虎、お母さんが作ってくれたお弁当、朝ごはんとして食べちゃうんだ。だから、お昼用を作ってるだけ」

虎のお母さんも忙しい人だから。朝は僕らより早い。

「でも……」

「人の世話は、嫌いじゃないよ」

朝起きて、自分の身支度をして、朝食とお弁当を作り、食べてから虎を起こし、準備させて二人で学校へ向かう。それは自然なことで、苦だと思ったことはない。だから彼の言いたいことをはっきりと否定した。

「嫌なら嫌って、はっきり言える間柄だから」

「っ、仲良しなんですね」

「仲良し…かな」

“仲良し”とは少し違う気がして、けれど何も知らない彼にその関係をどんな言葉で繕っていいのかもわからなくて。頷くことしか出来なかった。

そんな話をしながら残りの昼休みを過ごした。
幾瀬くんは本当にいい子で、話し方や間がどことなく自分と似ていて、一緒にいて楽だった。話も合う。気付けば昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、それぞれの教室へ戻ることになった。

「蓮、無事かあー?」

「あはは、何に対して」

戻った途端聞かれ、笑いながら返すと「何もされてないか?てかお前居ないだけで虎が不機嫌になるんだけど」と、湯井の言葉が虎を指差した。それにつられ、視線は自然と虎の席に流れる。そこには、机に突っ伏して眠る虎の姿があった。相変わらず、音楽の流れていないであろうヘッドホンをつけている。

五月にもなれば、体育の後はブレザーを着るのが億劫になるため、男子は大体シャツ姿になる。虎も例に倣った格好だが、椅子にかけたままのブレザーをお尻で踏んでしまっている。

「ほんと勘弁だわー」

「虎の不機嫌の矛先は湯井にしか向かないから俺は気にしないけどな」

「ふざけんな」

二人の会話を横目に、僕は虎に歩み寄った。

「虎」

腕を枕にして目を閉じた虎を見下ろし、声をかけてみたけれど返事はない。ぴくりとも動かない瞼に指を伸ばしそっと撫でてやれば、ゆっくりと薄い唇が動き、言葉を紡いだ。

「……蓮」

「制服、踏んでる」

「…ん……」

僕の手に擦り寄るように顔を動かした虎は、指先に柔らかく唇を押し当ててきた。乾いた唇は、そこに熱を残してすぐに離れてしまった。それは一瞬のことだったのに、そこが教室であるのを忘れていた自分に、小さな笑いが漏れた。寝ぼけ眼のまま、虎は、しわくちゃになったブレザーをお尻の下から引き抜き、無造作に肩へ掛けた。

「授業、始まるよ」

「……ん」

「蓮の声には反応するくせに、俺らのことは完全に無視だよな」

「相変わらず猫みたいだよな」

背後から聞こえる二人の声に、優越感を覚えたのは今が初めてじゃない。虎は猫じゃない。僕以外の言うことを聞かない、忠実な大型犬だ。でもそれは、僕だけが知っていればいい。擦り寄ってくると言うより、立派な尻尾をぶんぶん振って駆けてくる、そんな感じ。でもそれが僕にしか見えないのなら、これからもずっと、僕だけが知っていればいいのだ。そう、思っていた。

「はーい、席つけー。おら、寝るな寝るな〜」

こんな、穏やかな時間が…一度荒れて、それでも手にする事が出来たこの幸せな時が…指の間から滑り落ちようとしているなんて、考えもしなかった。

(同じ匂いがするのに苛つくのは)
(きっと本能的な部分なのだから)


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