02
「蓮」
僕の想いは伝わらない。
「好き」
僕を見下ろす彼を見ながら、もう何度、そう思ったことか。
「っ……と、ら…やめ…っ」
「蓮」
「ふっ、…ん……」
重なる唇に愛はあるのだろうか。
僕を好きだと囁きながら、少しも僕の心を見ようとしない。
「蓮」
「はな、して…」
「お前が好きだ」
「っ……」
その言葉の意味を知っているのだろうか。
乱暴に押さえつけておきながら、触れ方は優しい。そして優しく僕を抱くのだ。そう、本当に、とても優しく。
怖いと思うような掴み方をして、そのあとは怖くなるほど優しく触れるのだ。 壊れることを恐れているのか、拒否されることを恐れているのか…僕には分からない。ただひとつ、言えるのは…
「ちゃんと、こっち見ろ」
僕の霞んだ視界の中にいる虎は、ひどく悲しい目をしているということ。きっと、分かっているから。
「見てろ」
虎の想いに、僕からの返事がないことを。
「っ…ん、ん」
それからもう一つ。それは、虎の勘違いだということ。
一度…一度だけ、僕は言ったんだ。初めて虎が、僕に好きだと言ってくれた日。
「お前が好きだ、誰にも渡したくない」
愛嬌虎士、それはうちの学校で知らない人など居ないであろう名前だ。恐ろしく整った顔に、ほとんど変わらない表情、長い手足と広い背中。誰もが振り向く、所謂“格好良い人”だから。
そんな人が僕を好きだと言ってくれた。それは、僕の世界がガラリと色を変えるほどの衝撃で、彼に密やかに想いを抱いていた僕には奇跡だった。
けれど「僕も虎が好き」そんな短い言葉は、虎に届くことなく、自分以外の誰にも聞こえることなく、世界から消えてしまった。
嬉しかった。
嬉しかったのに、虎は…
「蓮、今、誰のこと考えてる」
“蓮のそういうところは嫌いだ。同情も情けも、要らない”と、残酷な言葉に、居場所をなくして。消えてしまった。
「俺のことだけ考えてろ」
勘違いしてるんだ。
僕が虎を慕う想いが、彼とは相違していると。
僕は他人を突き放せないダメな性格で、無自覚に虎を傷つけていた。特別な誰かを作れない人間なのだと思われているのだろう。誰にでも同じ、虎が特別な訳じゃない、そう思っているのだろう。ただ、“幼馴染”の分だけ少し特別なだけ。
誰かを傷つけることが怖くて、人には優しくしたいと思う気持ちが、虎を傷付けた。
虎の、苦しそうな顔が脳裏に焼き付いて消えない。その言葉で俺がどれだけ惨めになるか、と、僕が憎くて仕方がないという目をした虎を、僕は忘れられない。
「蓮には、一生、分からないんだろうな」
「う、あ…」
だから虎は僕の言葉を聞こうとしない。僕が気持ちを伝えようとすればするほど、虎は傷つく。僕が届かない声に苦しめば、虎は傷つかない。もしそうならば…と、僕は喉まで込み上げてくる言葉を飲み込む。
「と、ら…」
ごめんね、僕だけが知っていて…
好きな人に愛される、両想いである喜びを僕だけが、知っていて。そんな事を誰かに言えばそれは違うと怒られるのだろうか。
「…ごめ、も…」
それでも、触れる髪に、絡まる指に、撫でる舌に、苦しいくらいの抱擁に、僕が幸せを感じていているのは事実だ。
ごめんね、いつか、いつか…
「愛してる」
その言葉を、その言葉の意味を、僕も虎に伝えたい。ねえ、伝えたいよ…
「虎…」
(いつかこの想いが伝わったなら)
(その首筋に、僕の痕を残したい)
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