01
「あの、園村くん…えっと、その……」
それはいつも前触れもなく突然訪れる。
「ずっと、好きでした」
そんな安い言葉を残して。
「蓮さっき二組の女子に告白されてただろ。俺見ちゃった〜」
廊下の窓から見える中庭。
そこに呼び出された蓮が良く知りもしない女に告白されていた。その場面を見ていた…いや、たまたま目撃してしまったのは…俺以外にもいたらしく、蓮が教室に入ってくるなり何人かが冷やかすように声をかけた。
「え、まじ?そういえば蓮って、ずっと彼女いねえの?」
「蓮は一人を特別扱いしない、博愛主義なんだよ」
「あ〜みんなを平等に、的な?羨ましい奴だな」
告白された本人はそんなくだらない会話を愛想笑いでかわし席についた。隣の机がガタリと音をたて、反射的にそちらを見る。
肌寒くなってきた十月後半。まだカーディガンの着用は認められない、微妙な時期。シャツの上には学校指定の紺色のベストを着ていて、それはひどく彼に似合っている。だらしなく緩まることのないネクタイもまた、爽やかな空気を漂わせている。
「虎」
ヘッドホン越し、柔らかな声が俺に向けられた。つけているだけで、実際は何も流れていない。それは俺にとって、雑踏を少しでも和らげるための道具でしかないからだ。
「飲む?イチゴオレ」
ヘッドホンを外した俺に、蓮はふわりと笑った。それは優しくて、柔らかくて、儚くて。赤ん坊の頃からの仲だというのに、それに慣れることはなく、一瞬息をのむ。
この、園村蓮という男は、家が隣で幼稚園から高校一年の今現在までずっと一緒の幼馴染だ。蓮は昔から穏やかで、誰にでも優しく、そして正しい。賢くて教養もあり、老若男女問わず好かれるタイプの人間だ。
「虎?」
「…飲む」
そんな蓮に彼女が出来ない原因は分かっている。というより、その原因をつくっているのは自分だ。
「……返事」
「ん?」
「だから返事。したのか」
「…虎も、見てたの?」
「見えた」
「返事も何も、好きって言われただけだから」
言いながら、蓮はとても悲しそうに微笑んだ。
「そうか」
締め付けられる。
蓮を縛り付けている、という現実に。
それでも繰り返すのだ。
「蓮、ちょっと」
「え、…虎?」
腕を掴んで、無理矢理教室から引っ張り出す。そしてそのまま階段を登り、立ち入り禁止の札がかかった屋上へ出るドアの前で足を止める。
「どうしたの」
鍵は空いている。立ち入り禁止と掲げつつ、立て付けが悪いだけで施錠のされていない屋上には何度か出たことがある。そのドアの向こうにいけば安全なのに…我慢できなくて蓮を壁に押さえつける自分がいた。平然を装いながら、苦しそうに問うその声に、気づかされるのだ。
「……虎?んん…っ」
無理矢理重ねた唇で逃げないように、しっかり捕まえて。大暴れするほどの抵抗はしてこないことを知りながら、それでもしっかり。
背丈は俺の方がある。力の差も歴然。けれど蓮がそれほど抵抗しないのは、逃げられない、力では勝てないと諦めているからではない。
「と、ら……やめ…」
欲情したまま貪るように唇を味わったあと、熱を誘うようなキスをした。自分の唇と舌で蓮の口内を弄ぶ。
「ふっ……ん、ぁ……」
乱れた息が、掴んだ手が、熱い。
「他の奴に、そんな顔するな、声も、だすな」
「しな、い……から…」
息苦しそうに目を潤ませて、頬を紅潮させて…それに理性が飛びそうになる。しかしそれをギリギリのところで捕まえる、足音がパタパタと廊下に響いた。
「、も…」
「…足りねぇよ」
互いの口と口を繋ぐ銀の糸。
息を荒くするその首もとに顔を埋め、舌を這わせればびくりと反応してくれる。それから蓮は力なく俺に体重を預けてきた。
「限界? 」
「ちが……」
「俺は限界だけど」
そのタイミングで校舎内に授業開始の鐘が鳴り響いた。
「蓮、許さないから」
「わか、って……」
俺の束縛に、蓮は従うしかない。
心は繋ぎ止められなくとも、体だけは…
誰にでも同じ笑顔を向けるお人好しの幼馴染を、俺は“幼馴染”という立場を利用して縛り付けている。好きだから。蓮が好きだから、こういう行為を拒否するならその関係も解消して、もう係わらない。そう言えば、蓮は俺を拒絶出来ないことを知っているから。
歪んだ形だと知りながら、それでも、そうしてでも、蓮が欲しかった。
「ごめんな、悪いけど、俺の…だから」
(独占欲は、愛情の印)
(痛くて苦しい愛情の印)
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