Tiger x Lotus | ナノ

05 

“好き”と言われて、嫌だと思ったことはない。ただ、断ることは決まっているから、自分も苦しくなる。

「……っ、ひ、…く……」

こうして泣かれてしまうと、余計に。

「麗、泣かないで」

好きな人にに好きになってもらえる、そんな奇跡がすべてが叶えばいいと思いながら、彼女の気持ちに僕は答えられない。矛盾している、と、頭では分かっていた。

「れん、く…」

“麗、好きって言ってくれるのは、本当に嬉しい。でも、その気持ちには答えられない。それでもいいからなんて言わないで”
そう言って麗の告白を断って、けれど麗は首を横に振るだけ。初めて好きだと言ってくれた日から、もうどれだけ経ったのか。長い時間、僕と麗は曖昧な関係だったから。

幼馴染みで、麗は僕にそれ以上の感情を抱き、けれど、それ以上は求めない。“好き”という言葉を宙ぶらりんにして、それで良いと言うのだ。だからと言って、そのまま傍にいることは麗にとって辛いだけ。だから、それを終わらせようと思った。

「麗…」

麗の受験が終わって、何ヵ月か前に中断してしまったデートの埋め合わせをして、家の前まで送り届けたところで、僕は麗を泣かせてしまった。

「なん、で、…なんで、」

「泣かないで」

「虎、くん…なの……」

「どう、して…かな」

理由は自分でも分からない。分からないから、麗の悲しみを引きずらせてしまう。

「わたし、も…同い年で、お隣さんで…虎くんみたいだったら…良かったの?」

「違うよ麗…それは違う」

涙で濡れた頬に手を伸ばし、触れる前にそれを引っ込める。そう、ここで、触れちゃダメだ。

「虎だから、好きになったんだよ」

「っ、ふぇ…」

「好きだよ、麗の事も。…でも、それはやっぱり、虎の好きとは違うんだ」

物心つく前から、僕らは仲良しで。だからこそ、踏み出す勇気のいる言葉。それを彼女は口にしてくれた。“好きな人がいる”だけで、僕が彼女を突き離してはいけないと思ったから。素直に“虎が好きなんだ”と伝えた。それに対して麗は変だとは言わなかった。ただ、どうしてどうしてと、泣くばかりで。

「同じように、傍にいて…同じように、蓮くんが好きなのに…どうして……虎くんなの?」

ギシギシと何かの軋む音が、脳内に響く。その音と同調して胸もキリキリと痛んだ。

「……虎くんを好きでもいいから…傍にいて…」

「それは、“幼馴染み”として?」

「っ、」

「幼馴染みとして、友達として、近所のお兄ちゃんとしてなら、もちろん傍にいる。傍にいたい」

「ちがっ……」

「麗の望む“傍にいて”が、それ以外のものなら…ごめん」

「蓮く…」

「辛いのは、麗だよ」

どんなに傍にいても報われない想いがある。
好きだから傍にいたい、それだけでいい、それ以上何も望まない。そんなの、綺麗事なんじゃないだろうか。傍にいたって、報われないと分かっていたら、分かっていながら傍にいたら、辛いだけなのだから。

僕と虎がそうだったように。
虎は体で僕を繋ぎ止めていた。もちろんそれは一方通行ではなかった。でも、虎の中では永遠の片想いで。苦しくて、辛くて、たくさん悩んでいた。

「……ずるい…ずるいよ、蓮くんは…なんで、そうやって、優しく言うの…」

「っ……」

「麗は…妹みたいな存在だから、虎が好きだから、無理なんだって……可能性なんか無いんだから、諦めろって、きつく言ってよ…そんな優しかったら…諦めつかない」

優しい…いや優しくなんかない、優しくならないように言っているんだから。

「嘘…ごめんなさい。…いつもの蓮くんなら、こうやって泣いてたら、涙を拭いて、頭を撫でてくれる…今そうしないのは、精一杯突き放してくれてるんでしょ…?」

「麗…」

「それがわかっちゃうから…傷つけないために、今そうしてる。それが、優しさだって…思っちゃうから」

「ごめん」

「謝らないで…これ以上、泣きたくない…」

こういう時、その人の事を好きになれたら良かったのに、と思う。告白された時も、同じ。好きになれないから断る。好きだから恋人になる。そんなシンプルなことが、どうしてこんなにも苦しく、難しいのだろうか。どうして皆が、同じ様にその幸せを手に出来ないのだろうか。

「頑張る、から…これからは、蓮くんのこと、お兄ちゃんとして見るから…それまで、距離、置く」

「……分かった」

「吹っ切れたら、また、仲良くしてね…蓮くんのこと諦められなくても、ゆっくり諦めてくから…また“幼馴染み”に、戻ってね…」

「うん、ありがとう、麗の笑顔、また、見たい」

ぶわ、っと音が聞こえそうなほど大量の涙を、麗は目から吐き出した。ひくひくと喉を鳴らしながら、「蓮くん、もう行って」と、切れ切れに言って。

「麗が入ってから」

「…ダメ、蓮くんが、先」

「…分かった」

「蓮くんに背中向けられたら、諦められそうだから」

「…じゃあ、また…」

もう一度しっかり、麗を見てから、背を向けた。自分の家までは、ほんの数十秒。たったそれだけの距離、僕は振り向いちゃいけない。麗の決意を、僕は揺らがせちゃいけない。麗の家から自分の家へ。角を曲がったところで、人影が揺れた。

「虎…」

家の前、塀にもたれ掛かって気だるそうにこちらを見つめていたのは虎だった。僕は歩くスピードをあげ、彼に駆け寄った。

「……おかえり」

「ただいま。待っててくれたの?」

「五時には帰る、って言ったから」

そういえば…麗の泣き声にかき消されそうな、五時のチャイムが僅かに聞こえたかもしれない。五時を過ぎても帰らないから、外で待っていてくれたんだろうか。
仏頂面で、でもそこにいてくれたことが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまった。

「少し、話し込んじゃった」

「……そうか」

冷たい手が、僕の手を捕まえた。そのまま引き込まれるように、虎の家に入る。

「ご飯、何食べ……虎?」

靴さえ脱がないまま、虎は僕を抱き締めた。喫茶店のバイト帰りの、コーヒーと少しの煙草の匂い。それがいつもの匂いを隠していたけれど、その匂いも、僕は好きだ。

「……虎…好きだよ」

「っ、」

「麗にね、そう言ったんだ」

今日、麗と二人で出掛けること、虎は何も言わなかった。基本的に虎は干渉しない。独占欲が強くて、一緒に居るときは手を離さないくせに…自分の目の届かないところのことには、あまり口を出さない。でも今は、きっと、少しくらい僕と麗のことを気にしてくれていると思う。帰ってこない心配と、何かあったのかもしれないというモヤモヤを抱いてくれた。抱き締めた体の冷たさと、いつにも増して無言な口にそう気付いたから。

「痛かった、すごく。……大切な子を泣かせて、謝ることしか出来ないなんて…でもね、そうしてまで、僕は…」

そっと胸を押し、顔が見れるように距離をとる。虎は相変わらずの無表情で、でもどこか不安げで。僕は躊躇うことなく、続きの言葉を口にした。

「虎を選んだよ。虎が、好きだから」

「……」

「虎を一番に思ってるから、それに自信がるから。だから…」

「…ああ」

微笑みかければ、虎は唸り声で頷き、胸を押していた僕の手を掴んだ。切れ長の目が僕を捕らえ、深い黒の瞳に映る僕が見えた。真っ直ぐな視線に、鼓動が加速した。

「ん、ぁ…」

痛くて苦しくて、誰かの幸せが誰かの不幸だと思い知って、それでも僕は幸せで。きっと、この先のことを考えていても、そこに潜む本当の辛さや苦悩を理解していない。この不毛な恋愛を選択したこと、後悔する日がくるかもしれない。それでも、虎と一緒なら、このまま落ちてもいいと思えた。

「と、ら」

夢中でキスをして、このまま溺れてしまえばいいと。

蓮の帰りを待つ間、柄にもなく
帰ってこなかったらと不安になった
弱点など無かったはずなのに
守りたいものが弱点になっていた


不安にうちひしがれて、僕らはお互いを掻き抱いた。

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